星ことば

2026年6月7日
『 コンパッションを生きる人へ 』
【 聖書 】
○イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると・・・(マルコによる福音書 1章41節)
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1) イエスがまずガリラヤで始めたこと
マルコ福音書はイエスの誕生物語、つまり、クリスマスの出来事には一切ふれることなく、ガリラヤ湖のほとりで弟子となる漁師たちに「われに従い来たれ」とのお声掛けをする姿を描きます。
シモン・ペトロ、アンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネら4人の漁師たちは、イエスさまによる「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という第一声を耳にしていたかもしれませんが、その後何が始まるのかは聞いていなかったはずです。
イエスに従い始めた4人は、イエスさまに従いつつも、「この方は俺たちに何を見せようとされているのだろう」という期待と不安を抱いていたのではないでしょうか。
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2)いやしのみ業は主の赴く場所で起こる
イエスさまのガリラヤでの活動の本拠地はカファルナウムでした。何よりもまずイエスさまは、安息日の会堂に出向いて教えを始められたのです。
それが汚れた霊に取りつかれた男の癒しの場面でわかります。「会堂」に入って教え始められたと記録されるのです。
しかし「会堂」だけがイエスさまの活動の場所ではありません。会堂を出て、いわば身内と言える妻の母=義母が暮らす「家」に向かわれたのです。そこではペトロの義母が高熱を出して苦しんでいました。また、次に私がふれます祈りの後には、各地からやってくる人たちから「悪霊」追放が求められるのです。
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3) イエスの宣教を支えた神への祈り
その後も「私は宣教する。そのために私は出て来たのである」と弟子たちに告げ、ガリラヤ中の会堂に行かれるのですが、その宣教のお姿が示される中で静かで、見落としてはならない主のお姿があります。
お一人で人里離れたところへ行かれ、神の前に心を注ぎ出しておられたのです。その姿は弟子たちの心に深く刻まれたはずです。弟子たちはイエスさまがいつも祈ってから行動されることを知ったのです。
弟子訓練の第一歩に、独り神の前に静まる祈りがあることを学んだのです。
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4) 「コンパッション」するイエスにふれる
弟子たちは「悪霊」とたたかうイエスさまを見続けますが、中でも、1章40節以降に記されている重い皮膚病に苦しんでいた人の言葉と姿に心を揺り動かされたイエスの姿は見逃せません。
当時、重い皮膚病にかかった人々は隔離される環境で生きていました(レビ記13章46節)が、彼は勇気を出してイエスの前に進みでた人でした。
イエスさまが重い皮膚病の人と出会った時の心の動きを表す言葉の原語は「スプランクニゾー」というギリシア語です。
「深く憐れんで」という訳語も正しいのですが、ある伝統的な英語訳では1章41節を「Then Jesus, moved with compassion, stretched out His hand and touched him」とします。
「コンパッション」という言葉が目を引きます。
私が大事にしている書に『コンパッション ゆり動かす愛』(女子パウロ会)があります。サブタイトルの「ゆり動かす」という表現だけでも大いに教えられます。「共に」という意味が強い言葉であることを私たちも受け止め直しましょう。
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5) ペトロの原点回帰 いやしの宣教の日々
今年の復活節の礼拝では、使徒言行録9章36節以下に記されたヤッファの女弟子・タビタとその共同体から学びました。
そこには、大きな挫折を経験したシモン・ペトロが、復活の主イエスと出会い直したのち、弟子となって間もない頃の鮮烈な経験(=今日の聖書箇所です)を思い起こさせられたであろう姿が描かれています。
ペトロもまた、新しく「コンパッション」しているのです。私たちの信仰生活にも、「コンパッション」を伴う原点回帰がいつも求められています。end

2026年5月31日
『 ヨハネが荒れ野に見ていたもの 』
【 聖書 】
○預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。」(マルコ福音書 1章2節)
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1) イエスの先駆けであるヨハネの登場
マルコは深い思いを込めて「神の子イエス・キリストの福音の初め」(1:1)と語り始めます。
直後に登場するのが洗礼者ヨハネです。ヨハネが宣べ伝えたのは「悔い改めの洗礼」でした。彼は自分自身にも禁欲を課し、人々に方向転換を促します。来るべきお方のために道を備えるよう呼びかけたのです。
洗礼者が自覚していたのは、自分は救い主ではない。ただ、間もなく来られるお方の先駆けであるということでした。「私よりも優れた方が後から来られる」(1:7)と語り、来たるべきキリストを指し続けることに命を捧げたのです。
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2) 祭司の家からの旅立ちを促したもの
洗礼者ヨハネは、ルカ福音書1章に登場する祭司ザカリアとエリサベトの子として生まれました。家系が重んじられた時代です。それならば父に倣い、神殿に仕える祭司として歩むことが自然な道であったでしょう。
しかしヨハネはその道ではなく「荒れ野」へと向かいます。何が彼をそのように導いたのでしょう。鍵となるのはマルコが告げる「預言者イザヤの書にこう書いてある」という言葉です。ヨハネは幼い頃から、父と共に律法や預言書が朗読されるのを聞いて育ったはずです。
数ある聖書の言葉の中でも、とりわけ彼の心を捉えたのがイザヤ書だと推測できます。神殿とは異なる世界に彼は夢を見た。神殿の近くで育ったヨハネにとって、イザヤが語る「荒れ野」という御言葉は自らの歩むべき方向を示す、神からの召命の言葉として強く響いていたのです。
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3) ヨハネが夢見た「荒れ野に叫ぶ者の声」
少年ヨハネがイザヤ書の巻物の朗読を聞きながら思い描いた「荒れ野」。私たちはそこが罪を告白する人々が集まり、悔い改めの洗礼を受ける場所としての「荒れ野」をつい思い浮かべます。
しかしヨハネはイザヤ書35章1節の「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ」という言葉に心を躍らせていたのではないか。 同じくイザヤ書40章3節の「主のために、荒れ野に道を備えよ」。10節の「見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ御腕をもって統治される。」11節の「主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる」という御言葉に慰めを見いだし、強く引き寄せられていたと想像できます。
ヨハネのうちには、「荒れ野は神が救いの道を開かれる場所だ」という信仰が養われていた。彼はその「荒れ野」で「主の道を備えよ」と叫ぶ声になりたいと願うようになったのです。
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4) ヨハネの元に進み洗礼を受けるイエス
神の御子イエスがヨハネから悔い改めの洗礼を受ける姿は冷静に考えると不思議です。
なぜなら、悔い改めの洗礼は本来、罪を告白する者たちのためのものだからです。しかしイエスは、その罪人たちの列の中へ自ら進み行かれました。主は罪なきお方でありながら、世にあって既に罪人の一人として生きる道を選び取られているのです。
のちにパウロは、この出来事の意味を第二コリント書5章21節で次のように言い表しました。「罪と何のかかわりもない方を、神は私たちのために罪となさいました。私たちはその方によって神の義を得ることができたのです」と。
この主イエスのへりくだりこそは、十字架の上で罪人と定められ、私たちの罪を贖われる出来事に繋がっていきます。11節の「あなたは私の愛する子、私の心に適う者」という天からの御声も、罪人イエスの旅立ちへの祝福と聞こえるのです。
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5) 主イエスの第一声へとつながるヨハネ
私たちも現代の「荒れ野」に生きています。だからこそ「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」の招きに応えたいと願うのです。end

2026年5月24日
『 枯れた骨の幻とペンテコステ』
【 聖書 】
○主はこう語ります。「そんな彼らに告げよ。わたしの民よ。わたしは捕囚という墓を開いて、あなたがたを生き返らせ、イスラエルの地に連れ戻す。(エゼキエル書37章12節・リビングバイブル)
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1) 枯れた骨の幻
エゼキエル書は「バビロン捕囚」のただ中で与えられた希望の預言です。エルサレム神殿は焼き払われ、国は滅び、バビロンに連行された人々は「神に見捨てられた」と感じていました。そのような時にエゼキエルに主の手が臨みます。
彼が連れて行かれた谷には「非常に多くの骨」がありました。しかも「甚(はなは)だしく枯れていた」。ここには人間的可能性が残されていません。しかし神は「骨だらけの谷」に預言者を立たせるのです。
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2) これらの骨は生き返ることができるか
神はエゼキエルに問われます。「人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか。」
エゼキエルは、「できます」とも「できません」とも答えません。「主なる神よ、あなたのみがご存じです」と語るのです。
現実を見れば「無理だ」としか思えない。しかしなお神の前に身を置く。その姿勢の中に、信仰者の誠実さがあります。捕囚の民イスラエル自身も「我々の骨は枯れた。望みは消え失せた」と語っていました。しかし神は、彼らの絶望のただ中で、なお問い続けられるのです。
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3) 骨に向かって預言せよ
神はエゼキエルに「これらの骨に向かって預言せよ」と命じられます。すると「骨と骨が近づき、筋が生じ、肉が付き、皮膚が覆い」ます。まるで創世記2章の人間創造のようです。「しかし、その中に霊はなかった」と聖書は告げています。
教会の誕生日である聖霊降臨日を迎えました。制度が整い建物が立派でも、それだけでは教会は生きません。人を生かすのは「神の霊」なのです。だから教会は、自分たちの力や熱心さを誇ることはできません。ただ「神の霊によって生かされる群れ」として祈りつつ主を待ち望むのです。
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4) 霊よ、四方から吹き来たれ
次に神は「霊」に向かって「預言せよ」と言われます。ここで使われる「霊」は原語のヘブル語で「ルーアハ」という言葉です。「霊」「風」「息」という意味があります。
そして霊が吹き込まれると、骨は生き返り自分の足で立ち上がりました。しかも「非常に大きな集団」となったのです。
これは単なる個人の蘇生ではなく、信仰共同体の再創造でした。ここで大事なことは「霊」が「四方から吹いて来る」ことです。教会は「霊」に対していつも受け身です。自由に所有することはできません。待ち望み、祈り、風が吹くことを願うだけです。その風が吹く時、人は立ち上がるのです。
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5) 神殿を失っても働かれる神
この幻を通して示される大切な点は「エルサレムの神殿がなくても神の霊は働く」ということです。捕囚によって民は礼拝の中心を失いました。王国も無くなったのです。
しかし神は捕囚の地バビロンにまで来てくださる。希望の根拠は神殿ではない。国家でもないのです。ただ神の言葉と神の霊そのものが人を生かす。そこにエゼキエル書の深い福音があります。
それまで、神はエルサレム神殿にしかおられない。そこにこそ栄光があると考えていたからです。神は異国の地の川辺にも来てくださった。絶望の地にも臨在されるのです。
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6) ペンテコステへの響き
エゼキエル書37章は「ペンテコステ」の出来事と深く響き合っています。
主の十字架の後(のち)、弟子たちは恐れの中で閉じこもりました。まるで「枯れた骨」のようだったのです。しかし祈り続ける群れの上に聖霊が降りました。「激しい風のような音が響き」、彼らは立ち上がって福音を語り始めたのです。
教会はここに自らの原点を見ました。死んだようになっていた者たちが神の霊によって立ち上がるのです。神は今もなお「墓を開く」お方です。「聖霊」は絶望の谷に吹き抜けました。end

2026年5月17日
『 祈りをしっかり続ける群れに 』
【 聖書 】
○実に私はあなた方に言う。求め続けよ。そうすれば、あなた方に与えられる。探し続けよ。そうすれば見つける。叩き続けよ。そうすればあなた方のために開かれる。(ルカ福音書 11章9節・私訳)
○この者たちは皆、また女たちや、イエスの母マリアや兄弟たちも、思いを一つにして祈りをしっかりと続けていた。(使徒言行録 1章14節・田川建三訳)
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1) 昇天のイエスの約束を待つ群れ
「キリスト昇天後」の弟子たちはどのように過ごしていたのか。使徒たちは「都に入ると、留まっていた家の上の部屋に上がった」(使徒1:13)のです。
その家とは使徒言行録12章12節の天使の助けによってペトロが牢屋から脱出したあと向かった「マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家」だったはずです。肝っ玉母さんような存在が〈そのマリア〉でした。
彼らはそこで「思いを一つにして祈りをしっかりと続けていた」(田川建三訳)のです。私たちが読んでいる新共同訳では「心を合わせて熱心に祈っていた」とあります。
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2) イエスの宣教の原点を思い起こすこと
天に帰られた主の言葉を使徒たちは直(じか)に聞くことはもはやできません。そうであればこそ彼らはイエスさまと共に歩んだ日々の教えを思い起こしていたのではないでしょうか。
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例えば、先ず宣教の第一声として主イエスが語られた言葉が共有されたと思うのです。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。それは弟子としての生き方の基本であり宣べ伝える者として常に立ち帰る必要がある教えであったはずです。
彼らに必要なのは悔い改めでした。自ら命を絶ったイスカリオテのユダのことすら彼らは悪く言えるはずがありません。17節の「ユダは私たちの仲間の一人であり同じ任務を与えられていました」という言葉の中に私は使徒たちの悔い改めと誠実さを見るのです。
彼らは罪人であることを深く自覚し、悔い改めを生きようとしていた、と。
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3) 彼らに必要な祈りの姿勢とはなにか
きょう私たちはルカ福音書11章の「祈るときには」という小見出しの付いている段落からのみ言葉を聴きました。
12人の派遣が記される9章、72人の派遣が記録される10章を経て弟子たちは「私たちにも祈りを教えて下さい」とイエスさまに請うたのです。「主の祈り」と呼ばれるようになる祈りが示されたあと彼らが聴いたお言葉は、おそらく腹の底まで染みてくるものだったと思います。
上に掲げましたが、「求め続けよ・探し続けよ・叩き続けよ」という執拗な祈りの姿勢でした。
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4) 祈りを教えられた時の主の約束
そしてその最後にイエスさまは「まして、天のみ父が、求め続ける者に、聖霊をくださらないことがあるだろうか」(詳訳聖書)と教えられたのです。
だから、使徒たちは「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりではなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる」と昇天の前に語られたイエスの言葉に希望を抱き「心を合わせて熱心に祈っていた」のです。
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5)「きょうだいたち」と語りかけるペトロ
使徒言行録1章15節以下はペトロの人生初の説教です。聖書協会の一番新しい翻訳では【その頃、百二十人ほどのきょうだいたちが集まっていたがペトロはその中に立って言った。
「きょうだいたち…」】とあります。「きょうだいたち」と平仮名が用いられることが新しいのです。キリスト教の男性中心的な発想を乗り越えるためのチャレンジです。邦訳の全てが「兄弟」と翻訳していたものを改めています。
ここに大きな意味があります。
なぜか。共にいたのは「婦人たちやイエスの母マリア」なのです。ましてやそこは〈あの肝っ玉母さんマリアの家〉。ここには既に「教会」の芽生えがあります。「聖霊」はそこに降るのです。end

2026年5月10日
『 橋渡しのキリストによって 』
【 聖書 】
○こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。(使徒言行録 1章9節)
1) 復活から40日目の「キリスト昇天日」
イースターから40日目に起こったのが「キリストの昇天」です。
使徒言行録1章3節に「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」とあります。
同じく1章4節で「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父が約束されたものを待ちなさい」と命じられるのです。
さらに8節以下では「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった」と伝えるのです。
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2)雲の中に消えたキリスト
「雲に覆われ」とありました。その日お天気が運悪くよろしくなく、イエスが見えなくなったというのではありません。
「雲」は旧約において神の臨在を示すものなのです。エジプトの奴隷状態からの脱出を始めた主の民イスラエルが昼は雲の柱によって導かれ守られたことを思い出します。出エジプト記13章~14章です。
同じく、出エジプト記24章では、シナイ山を雲が覆い、その中に主の栄光が現れます。モーセが山に登っていくとその雲の中で神さまは呼びかけられたのです。
つまり、天に昇られたイエスが雲の中に見えなくなったとは、使徒信条の「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまへり」の状態にイエスさまが居られることを象徴的に示しているのです。
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3)神の右の座で「執り成される」キリスト
『讃美歌21』の「昇天」の賛美歌のひとつ381番を賛美しますが、その2節に「この世においては人の姿で み神のもとでは 仲保者として、主イエスは変わらず今もとりなす」とあることに注目したいと思います。
ヨハネ福音書の17章で十字架を前にした主イエスは徹底して弟子たちのために執り成しておられるのです。「私は彼らのためにお願いします」(17:9)、「彼らをお守りください」(17:11)「悪い者から守ってください」(17:15)。さらに、「彼らの言葉によって私を信じる人々のためにも、お願いします」(17:20)と。
また、ルカ福音書22章32節で「しかし、私はあなたのために、信仰が無くならないように祈った」とペトロに語ったことも忘れられません。
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4)「橋渡し役」が「仲保者」イエスだと知る
第一テモテ書 2章5節を開いてみましょう。
「仲保者イエス」が出てくるからです。1954年に発行された口語訳は「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである」と訳しています。新共同訳や近年の多くの訳は「仲介者」としています。
私はふと日常語訳を掲げる『リビングバイブル』と較べてみたいと思ったのです。実に具体的に訳していました。「ああ、これは福音を日常語で語っている」と感動しました。ご紹介します。
「神と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。そして、人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、ご自分のいのちを全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされたのです」
腑に落ちました。この「橋渡しのイエス」が十字架で命を捧げられたキリストなのだと確信しました。「橋渡し」はお手軽な働きではありません。
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5)イエス・キリストの御名によって祈り続ける
私たちは「主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします」という言葉で祈りを捧げます。
先のヨハネ福音書の16章23節で「はっきり言っておく。あなたがたは私の名によって何かを父に願うならば父はお与えになる」と教えられます。
これは祈りの形式を示すのではありません。キリストの臨在を信じて祈り、聖霊を待ち望む生き方を身に着けるのがキリスト者です。
ぼんやり天を見上げるのではなく、世に遣わされるための力として「父が約束されたもの」を待ち望むのです。end

2026年5月3日
『 従い続ける旅にて タビタとの出会い 』
【 聖書 】
○・・・・・・このように話してから、ペトロに、「私に従い続けよ」と言われた。(私訳 ヨハネによる福音書21章19節)
1) 一番弟子の自負があるペトロへの言葉
ヨハネ福音書の最終章は一番弟子の自負もあったシモン・ペトロに甦りのイエスが一対一で呼びかけられる場面です。
やがてイエスさまは天に昇られます。彼らの目から見えなくなるのです。
ペトロは何を伝えられたのでしょう。三度繰り返される言葉は微妙な違いがありますが、二つのことに要約されるのです。
一つは「私を愛するか」。もう一つは「私の小羊の世話をしなさい」でした。
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2)「私に従い続けよ」と言われている
だいぶ身に堪(こた)えた時間を過ごしたペトロは「あなたがご存知の通りです」と精一杯に答えますが「悲しくなった」とも記録されています。
実はそんなペトロに対してイエスさまが最後に語りかけた言葉は極めて重い意味をもつものなのです。
イエスはペトロに「私に従い続けよ」(森訳)と言われたのです。聖書原文を確かめてみました。継続・反復・習慣的行為が求められる言葉で「従い続けよ」「従う歩みの中に留まれ」というニュアンスで理解すべき言葉が使われています。
ペトロの殉教も想像できるような厳しさも含まれる言葉に続いての「従い続けよ」であった。ペトロは弟子としての覚悟が問われたのです。
ここでの「従う」は単なる弟子入りの招きではない。冒頭の聖書の私訳を「従い続けよ」とした理由です。
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3)ペトロのひとり旅 主に従う旅の始まり
ペトロのその後を知るには『使徒言行録』を読む必要があります。初期のキリスト者たちがユダヤの当局からの厳しい弾圧を受けながらも、踏ん張り、聖霊に押し出されて宣教の方向を世界に広げ、現在のトルコ、海を渡ってヨーロッパに福音を宣べ伝えていった姿が記されます。ペトロの伝道の足跡は限られています。
しかし、それだからこそ貴重な記録です。特に注目したいのは9章36節に登場する「タビタ」です。聖書の中でイエスの弟子であると唯一明記される女性がタビタなのです。
彼女の生前の生き方が浮かび上がる9章36節を山口里子先生は「多くの善を行い、それも正義と慈しみの行い」(信徒の友2026年2月号より)と訳されます。果たして、タビタの存在はペトロと初期のキリスト教会に何を証したのでしょう。
※山口里子先生は、日本よりも世界で高く評価されるフェミニスト神学者です!
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4)ヤッファでペトロが出会ったまことの教会
使徒言行録9章36節以下に登場する「タビタ」は病ゆえに死んでしまった人として描かれます。
「リダ」という隣接の町に伝道の旅に来ていたペトロの存在を知ったタビタと共に生きていた女性たちは藁にもすがる思いで「タビタを助けて下さい」と願い出るのです。駆けつけたペトロは確かにタビタを死より立ち上がらせます。
でも、私たちが注目したいのはペトロによる奇跡ではありません。
タビタが安置されている部屋に案内されたペトロが見たもの。それは、タビタが弱い立場に置かれている女たちのために自ら針を持って糸を紡ぎ、着る服を与え、さらには共に収入を得られるように働きながら、助け合い、励まし合って生きる中で育まれた共同体の存在でした。
イエスの教えに信仰をもって従おうとしていた女性たちの小さな群れ=信仰共同体=周縁にある教会です。
ここでの主人公はペトロのようでありながら実は違います。「私に従い続けよ」とペトロに語られ、ヤッファの女性たちの中でも働かれる主ご自身なのです。
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5)革なめし職人シモンの家に滞在したペトロ
9章は「ペトロがヤッファにかなりな日数滞在した」(田川建三訳)と記録して閉じられます。そこに深い意味があります。
ペトロはヤッファで更に何かを学ぼうとしたのだと思います。
ペトロが世話になったのは「革なめし職人シモンの家」でした。おそらくヤッファの外れに暮らしていた人です。革なめしの現場を想像してみて下さい。異臭が漂い忌み嫌われていた仕事だったはずです。
シモン・ペトロ。彼は主イエスのお言葉に従い続ける中で、本物の弟子とされていった人なのです。end

2026年4月26日
『 見えなくても備えておられる主 』
【 聖書 】
○それでイエスは彼らに向かって、「子どもたちよ。おかずを持っていないだろう。」と言われた。彼らは彼に答えた。「ない」。(ヨハネ福音書 21章5節・私訳)
1)身を隠していたエルサレムの部屋からガリラヤの湖畔へ
エルサレムのとある家に息を潜めて身を隠していた弟子たち。その内の7人がティベリアス湖畔=ガリラヤ湖に現れます。それは甦りの主イエスとの出会いが切っ掛けでした。
「シャローム=平安あれ」のお言葉を下さったイエスさまは、彼らに息を吹き込まれ、新しい人として創造されたのです。それは福音の宣教に遣わすという喜ばしい使命を託すためでもありました。
その時からそう時間が経たないうちにエルサレムを出てガリラヤに向かい、新しく歩みだそうとしたのです。
*
2) ナタナエルもそこに居て一緒に漁に出た
「ナタナエル」と言われてどんな弟子であるのか、直ぐにピント来る方は少ないかと思います。
ヨハネ21章では「ガリラヤのカナ出身」と紹介されていますが「カナ」はガリラヤ湖畔の町ではありません。ナタナエルは、元々漁師ではなかったのではと推測されます。
しかも、1章でナタナエルはイエスさまからの召しを受けるときに「まことのイスラエル人」で「いちじくの木の下にあなたがいた」という言われ方をしています。
「いちじくの木の下」は、古来「祈りの人、律法に親しむ人、神との個人的な交わりの場を大切にする人」に結び付きます。しかしナタナエルは今、漁に出ます。
彼が新しい人として生き始めている息遣いを感じるのです。仲間たち、教会の礎を作る人々と共に生きる決心をしている人間像です。
*
3) ペトロが漁に出たのは弱きの虫が芽生えていたのではないか
ペトロを筆頭にして弟子たちが漁に出たのは、生きて行くためのお金が必要だったのか、食べることに困り始めていたのか幾つか理由があると思います。
山岸登先生の訳された聖書の欄外註に【「魚を獲りに行く」が現在時制であり、一回的な行為ではなく継続性を含む】と記されているのを私は興味深く読みました。
しかも、ペトロが「漁に行く」と口にした「行く」は新約の原文のギリシア語「ヒュパゴー」という言葉で、原語の意味は「徐々に退いて離れて行く・引き下がる」なのです。
ペトロの心の中にあるこれから先の歩みに対する後ろ向きで消極的な気持ちが透けて見えるように感じるのは果たして気のせいでしょうか。
*
4) 不漁の夜を岸辺のイエスはご存知だった
岸辺から「おかずはもっていないだろう」と声掛けをした人物がイエスだということに弟子たちは気付きません。「ない」としか言いようがありません。イエスが見えないのは、単に岸辺が遠いからというのが理由ではないと思います。
イエスさまはこのあと岸辺での朝の食事をされるときに、魚を焼くための炭火も起こして待っておられるのです。そして主食のパンも魚も先に十分に準備されていた。
主はここでもまた彼らの心の内をお見通しなのです。この場面は、ヨハネ福音書成立の背景にあるヨハネ教団と呼ばれる初代教会の現実も表している可能性も高くあります。
*
5) 何が大切なことなのか 基本が問われる
クリスチャンとして生きることの最も大切なことは主のお言葉に聴き従うという生き方です。
弟子たちは結果として「舟の右に網を投げよ」という主イエスの言葉に従ったときに驚くべき大漁を経験します。
肝心なのはお言葉に従うことです。素朴に単純に、それは私たちの人生の鍵でもあります。忘れちゃならないキリスト者の基本です。
*
6) 朝の食事で示されたキリストの愛
「朝飯にしよう」と言われた主はパンを手に取りそれを弟子たちに与えられます。魚も同じようにされました。
穏やかで温かな時でした。
初期キリスト教会の人々はこの経験を語り伝え続けたのです。だから私たちの教会もパンを裂くことを今も大切にし、これからも大切にし続けます。end

2026年4月19日
『 見ないで信じる人たちの群れ 』
【 聖書 】
○イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネ福音書 20章29節)
1) その人柄が想像できる「トマス」の不在
「トマスはイエス・キリストが来られたとき、彼らと一緒にいなかった」とあります。
トマスの不在は偶然ではありません。彼は他の弟子たちと一緒に鍵を掛けて身を隠し続けることを良しとしない人だったのです。
ヨハネ11章で「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか」と語るトマスの言葉は本心でした。しかし、十字架の主は死んで葬られていたのですから、生きてしまっている彼は「嘘つきトマス」になっていたのです。
*
2) トマスが正直に仲間たちに伝えたこと
外から戻ってきたトマスに、仲間たちは「わたしたちは主を見た」と語りました。
しかし彼はその言葉を受け入れることができません。「釘の跡を見、この指を入れてみなければ、またこの手をそのわき腹に入れてみなければ、決して信じない」と正直に言い切ったのです。
それは自分の現実をごまかさない言葉でした。他の弟子たちはどきっとします。自分たちにも疑う心があったからです。
*
3) ほかの弟子たちはどんな様子だったか
仲間たちは復活の主から息を吹きかけられ「あなたがたを遣わす」との使命を受けていました。
しかし現実はどうか。弟子たちは家中の戸に鍵を掛け身を隠していたのです。
「見た」と語りながらも、なお恐れの中にある。その中で「見なければ信じない」と語るトマスの言葉は、トマス以外の弟子たちにとって他人事ではなかったのです。
*
4) 「お見通し」のイエス
甦りの主はトマスに向かって「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい」と語られました。
トマスが仲間たちに口にしたそのままの言葉を主はすべてご存じなのです。ここに復活の主の「お見通し」が示されています。
驚いたのはトマスだけではなかったはずです。
その場にいた他の弟子たちは、自分たちが聞いていたトマスの言葉が主によってそのまま語られることに緊張を高めます。彼らの心の内もまた、主のまなざしの中に置かれていることを知らされたからです。
*
5) クリスチャンとは何者なのかが問われる
主は「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と語られたのち、さらに「見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われます。
この言葉もまたトマスに向けられながら、そこにいた弟子たちすべてに、いいえ、後(のち)の時代を生きる私たちにも向けられているのです。
なぜなら、見て信じるのではなく、見ないで信じる者へと招き育てる――それこそが、ヨハネ福音書の中心にある主の呼びかけだからです。
わたしたちは傷ついた主イエスを目で見ることもその手に触れることもできません。
では、今、見ることができる人はいるのでしょうか。いないのです。「トマスへの問い」はそのまま「私たち自身への問い」として与えられているのです。
*
6) 「礼拝・信仰共同体」=「教会」への問い
パウロは第二コリント書4章18節で「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続する」と語ります。
このみ言葉と合わせて考える時、わたしたちキリスト者が主の日の礼拝でみ言葉を聴くとはどういうことか改めて学び直すよう導かれていることに気付きます。
み言葉を聴くことの第一は説教の前の聖書朗読から始まります。
主のお姿は見えないけれど、そのみ言葉をいのちの言葉として聴くことができるかどうか。そこで信仰の姿勢が問われているのです。見えない主を見いだしていく歩みとは、まことの神を求め続ける生き方だからです。
*
一人ではおぼつかないところが多々あるのがわたしたちです。だからこそ礼拝共同体としての教会において、「我が主よ、我が神よ」との告白が「我らの父(*複数形)」への祈りとなっていくのです。end

2026年4月12日
『 週の初めの日の夕方 弟子たちに命じられたこと 』
【 聖書 】
○イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」(ヨハネ福音書 20章21節)
1) やがて「主の日」と呼ばれる「初めの日」
ヨハネ福音書においてイエスさまの甦りの出来事は「週の初めの日」に起こったと繰り返し記されています。
20章の冒頭、マグダラのマリアが墓に向かったのは「朝早く、まだ暗いうち」の出来事だったと告げられていましたが、ある家に身を潜めていた弟子たちのところに甦りのイエスが現れたのは「週の初めの日の夕方」でした。
*
ユダヤ教徒は金曜日の日没と共に始まる「安息日」を重んじていましたが、キリスト教会の礎を築いていった人々は、キリストが甦られた週の初めの日を「主の日」と呼んで重んじるようになったのです。
私たちも日曜日の礼拝を「主日礼拝」と位置づけて大事にしています。日曜日は毎週が「小さなイースター」だと考えているのです。
*
2) 恐れていた弟子たちに届いた「平和」
マグダラのマリアによって告げられたイエスの甦りはすぐに受け入れられたわけではないと思います。
イエスの亡きがらを持ち去ったのは、いつも一緒にいた弟子たちだろう、と当局側の律法学者たちや祭司長たちが考えても不思議ではありません。
弟子たちは身を縮めていました。決して会話が弾むような状況ではありません。
*
ところがイエスさまは、そんな11人の弟子たちに(*ニコデモは遅れますが)平和を告げたのです。ヘブライ語で「シャローム」という言葉で呼び掛けられました。失われていた平和が回復するのです。
ただ、そこに顕れたイエスさまはご自分であることを決定的に悟らせるために深く傷付いた「手とわき腹」を見せられたのです。
彼らはイエスさまに「先生、本当にごめんなさい。傷口は痛みませんか。大丈夫ですか」とも言わず、飛び上がるように喜んでしまったのです。
*
3) ヨハネ福音書を読むとき、ちょっと思い起こしておきたい『創世記』のはじまり
創世記は言うまでもなく聖書の初めの書です。「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、……」「神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった」と続きます。
一方、ヨハネ福音書1章の方も「初めに言があった」で始まり「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」という宣言が続くのです。そのような出来事がここから始まるヨハネ福音書の内容だというわけです。
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4) 甦りの主は「息を吹き入れられた」
創世記2章7節には最初の人間アダムの誕生の際、「神はその鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とあります。
その描写と、粉々に打ち砕かれていた弟子たちに対して「主なる神はその鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」というのは相通じます。
さらに、ヨハネ福音書で「イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」と言われてから、彼らに息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」と言われたのは、形は違っていても本質は同じなのです。
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新しい人の創造が起こるのが主の日であるということです。私たちの「主の日」の礼拝において、復活の出来事が起こるということです。
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5) イエスが弟子たちに命じられた「伝道」
マグダラのマリアがイエスさまから「すがりつく」ことを叱られたのは記憶に新しいことです。弟子たちには使命が与えられます。「伝道に遣わされる」のです。
それは赦されているからであり、愛されているからです。「主の日」に集められた私たちは主の息を吹き入れられ、新しい人としてそれぞれの場へ遣わされます。
恐れを抱きつつも、主が共におられるがゆえにシャロームを携えて歩み出します。一週間の歩みはここから始まります。end

2026年4月5日
『 私はあなたの名を呼ぶ 』
【 聖書 】
○イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。(ヨハネ福音書20章16節)
1) マリアは天使から何を聞いたのか
初めの日の朝早く、空の墓の証人として用いられるのは「マグダラのマリア」でした。新約で何人か登場するマリアの中で「マグダラのマリア」は極めて重要な役割を託されます。
彼女が存在しなければキリスト教会は誕生しなかったかもしれない、とさえ言えるほどです。
とりわけマグダラのマリアが「以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人」(マルコ16:9、ルカ8:2)であることは見逃せません。
そんなマリアは孤独を知り、悲しみを知り尽くし、イエスや12弟子と共にあり、その奉仕する喜びを深く知っていた人でした。神さまはマリアのような人を必要とされるのです。
*
2) 御使いとの出会いの中で
イエスさまを自らの目で見て香油を塗ってさしあげたかったマリアですが、涙を流しながら泣き続けていました。マリアはそれが天使だとわかったわけではありません。おそらくこのときのことを回顧する中で、あの方たちは御使いだったのだ、という確信を抱くようになったのだと思います。
*
3) 1度目の「婦人よ、なぜ泣いているのか」
マリアは問われました。「婦人よ、なぜ泣いているのか」と。
他の福音書の御使いたちは、「あの方はここにはおられない。復活なさったのだ」「あなた方より先にガリラヤへ行かれる」という趣旨の言葉を語るのです。
しかし、ヨハネ福音書では「婦人よ、なぜ泣いているのか」でした。
*
マリアはイエスさまが復活されたなどとは思いませんから「私の主が取り去られたのです」と答えつつ、ふと後ろを振り返ります。人が立っています。
でも、それがイエスだと気付きません。
*
4) 再び聞いた「なぜ泣いているのか」
マリアが園丁だと思い込んでいた人物がイエスさまなのですが、彼女は「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」という言葉を聞くのです。
基本的に御使いたちと同じ内容です。でも、イエスさまに結び付かないのです。それどころか目の前にいる男が主を運び去ったと疑いながら「あなたが運び出したなら」と言ったのです。
*
5) イエスに名を呼ばれるということ、そして、良き羊飼いの声
マグダラのマリアを覚醒させたのは、復活の主イエスが、彼女が聴き慣れていたイントネーションで「マリア」とはっきりと呼ばれたときでした。
ヨハネ福音書10章には譬え話を用いて良き羊飼いとしてのイエスが示されています。
まず、羊であるあなた方は「私の声を聞き分ける」ということです。さらに「自分の羊の名を呼ばれる主の声に、羊たちは従っていく」とあるのです。
マリアは『マリアと呼んで下さる主に』よって目覚めたのです。そして――見えるようになった。
*
6) 「贖いの主」と「創造の主」の愛を受ける
招きの言葉として聴いたイザヤ書43章1節は神が「贖(あがな)い=救いの主」であると同時に「創造の主」であることを宣言するみ言葉でした。
その二つの究極の力をもたれる主が「私はあなたの名を呼ぶ」と宣言されていることを知りましょう。
「マリア」と呼ばれた復活の主が身に帯びている力は贖(あがな)いと創造の二つの力なのです。
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7)〈すがりつく〉マリアが命じられたこと
マリアは「先生」といって主に「すがりつき」ます。もう離しません。どこへも行かせません、という気持ちもあるのでしょう。
ところがイエスさまは「わたしにすがりつくのはよしなさい」とある意味で突き放されたのです。
日常語訳をうたう『リビングバイブル』は「それよりも、してほしいことがある」と意訳の言葉を挿入して促します。この挿入の判断は秀逸です。拍手を送りたいと思います。
*
それは端的に言うならば弟子たちへの「伝道」でした。救いは主を握りしめることではなく、手放し委ねるところから自分のものとなっていくのです。
「こう言いなさい」と託されたマリアは福音の言葉を手に駆け出します。
マグダラのマリアは「私は主を見ました」と宣べ伝える人になったのです。
私たちも今日、主に名を呼ばれ、新しい福音の言葉を託されているのです。end

2026年3月29日
『 自ら十字架を背負われたキリスト 』
【 聖書 】
○イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。(ヨハネによる福音書 19章17節)
(ア) 引き渡されたイエスのとった行動
背負い切れない十字架の重さのもとで、イエスはふらつきながらゴルゴタへ向かう姿が印象に残ります。ところがヨハネは、イエスは自ら進んで十字架の死へと進んで行かれることを強調します。
裁判を経て、イエスさまはゴルゴタへと向かわれます。その向かわれ方について、福音書記者ヨハネは、マタイ・マルコ・ルカとは明らかに異なる筆でイエスさまのことを描写します。確かにイエスは「引き渡され」「引き取られる」のです。
*
けれども、ヨハネ福音書が描くイエスは「自ら十字架を背負い」ゴルゴタへと向かわれたことを素朴に、かつ明確に告げます。
たとえばルカ福音書は描写が違います。「田舎から出てきたシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を背負わせ、イエスの後ろから運ばせた」とあるのです。
背負い切れない十字架の重さのもとで、イエスはふらつきながらゴルゴタへ向かう姿が印象に残ります。ところがヨハネ福音書はイエスが自ら進んで十字架の死へと向かわれたことを強調します。
*
ユダに引き連れられた一団の前に立たれた時も、イエスは「進み出て」言われていたのです。
「だれを捜しているのか」と。救い主=キリストであるイエスは、私たちの罪を負われながら断固たる決意で十字架に向かわれたのです。
*
(イ) 3つの言語で記された罪状書き
二つ目に注目したいことは、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」とポンティオ・ピラトによって記された罪状書きが「ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語」という三ヶ国語で書かれていたという点です。
これには深い理由(わけ)があります。この場面の季節は過越の祭の頃でした。ユダヤ人がもっとも大切にするお祭りが過越祭です。ユダヤ教徒はエルサレムにやって来て礼拝をしたいのです。
ユダヤ人は当時既に遠方に離散している者たちが多く居りました(ヤコブ書1:1)。使徒言行録の中で、パウロが地中海沿岸の都市や町々で伝道するときユダヤ人の集会場所に出向いていったことがわかります。コリントやエフェソがよく知られます。
彼らにとって使い慣れている言葉はエルサレムで使われているヘブライ語ではなかったのです。広く通用する言語はギリシア語であり、ローマの公的言語はラテン語でした。
ピラトはそのことを熟知しています。だからこそ3つの言語で罪状書きを記しました。ピラトはイエスを「ユダヤ人の王」と宣言しますが、皮肉なことに全世界の王であることを指し示すきっかけとなったのです。
*
(ウ) 母マリアと弟子に命じられたこと
ヨハネは「イエスの十字架のそば」に誰がいたのかを記録します。特に興味深いのは、母マリアに「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と呼び掛けることです。
続いて、愛する弟子に「見なさい。あなたの母です」と教えたことを記録しているのです。
その意図は、十字架のもとに生まれてくるキリスト教会に於いて本物の家族が生まれるということに結び付きます。パウロはエフェソの教会の人々に「あなたがたは……聖なる民に属する者、神の家族」(エフェソ2:19以下)と言います。
そして教会は「使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエスご自身」だと教えるのです。
遠くの親類より近くの他人と言います。もはや他人ではなく「教会では赤の他人が兄弟姉妹であり神の家族」だとイエスさまは十字架の下(もと)で教えられたのです。
*
(エ) 十字架のもとで露わにされること
詩編118編25節「主よ、どうか〈お救いください〉(ホーシーアー・(*原語のヘブライ語で)ナー)」はエルサレム入場の際に人々が「ホサナ」と叫んだの同じ言葉です。
「救ってください」と叫んでいた人々が「殺せ、殺せ」と連呼し始めたのです。
その姿は他人事(ひとごと)ではありません。イエスさまは十字架の上で「渇き」ながら全てを「成就」したと宣言されました。
その十字架の下(もと)に今私たちも立っているのです。end

2026年3月22日
『 「神の国」の「真理」を求めて 』
【 聖書 】
○「真理とは何か。」(ヨハネによる福音書 18章38節前半)
(1)イエスと民の間を揺れ動き続けたピラト
「・・・しかし、彼らは自分では官邸に入らなかった」。これは、外に留まり、宗教的な清さを守ろうとするユダヤの人々です。一方ピラトは、内と外を行き来しながら「どういう罪でこの男を訴えるのか」と問います。
人々に「自分たちの律法で裁け」と突き放しますが、結局はその責任から逃れることはできないのです。ピラトは「私はこの男に罪を見いだせない」と語りながら流されていきます。
揺れ動く姿は「真理」の前に立ちながら、そこに留まれない私たちの姿でもあります。
*
(2)イエスの宣教の原点―神の国は近づいた
この場面を正しく受け止めるため、少し視野を広げてイエスの宣教の第一声に立ち返ります。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)。イエスはまず「神の国」の到来を告知されました。
「神の国」は将来の理想ではなく、イエスにあって到来する現実なのです。「悔い改めて信ぜよ」と招かれるのです。
小さき者、罪人、疎外された者に向けられた福音。そのすべてが「神の国」という言葉に込められています。「真理とは何か」を問うときに、主イエスの進まれた道の中に見いだすことができる「神の国」・「神の支配」に心を向けたいのです。
*
(3)「私の国は」と示される真理の在り方
イエスさまはピラトに向かって語られました。「私の国は、この世には属していない…私の国はこの世には属していない」と。
ここでの「神の国」の繰り返しは偶然ではありません。イエスは、真理がどこにあるのかを指し示しておられるのです。
さらに「私は真理について証しをするために生まれた…真理に属する人は皆、私の声を聞く」と語られたのです。
ピラトは「真理とは何か」(18:38)と問いますが、「真理」は問答の中で明らかにされるのではありません。イエスさまが進み入り、拓かれた「私の国」、つまり「神の国」に生きる現実の中にこそ見いだせるのです。
*
(4)夜の訪問者 ニコデモの限界 ― 「見ること」と「入ること」(ヨハネ福音書 3:1-8)
ヨハネ福音書は、夜の訪問者ニコデモの物語を通して、「神の国の真理」を指し示します。「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(3:3)。
さらに「水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(3:5)。
ニコデモは、イエスが神から来られた方であることに気づいていました。しかし彼は、なお知的理解にとどまり、神の国に入るところまでは踏み出せません。見ることはできても入ることができない。真理を学ぶことと真理を生きることは別物なのです。
*
(5)「皇帝のほかに王はない」と叫ぶ人間の罪
人々は叫びます。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない」。 そして「私たちには、皇帝のほかに王はありません」と言い切るのです。
本来、神を王とすべき民が、この世の力に自らを委ねてしまうのです。
この言葉には、人間の罪がはっきりと現れています。祭司長たち、律法学者たち、そして群衆。彼らは特別な人々ではありません。ピラトの揺れも含めてここに描かれているのは「この世」に依り頼む人間の姿です。
*
(6)おわりに ― 信じて踏み出すところに開かれる真理(ヨハネ20:31)
ヨハネは結びに語ります。「これらのことが書かれたのは、あなたがたが信じて命を受けるためである」(20:31)。
「真理」を見いだせる「神の国」に入ること、信じて歩みだすことが求められます。
イエスさまが切り拓かれた「神の国」は、遠くにあるのではありません。今ここでの礼拝に集められ、御言葉を聴き、祈り、信じて歩むそのところにおいて、初めて見いだされるのです。
破れがあっても神の国であり、ほころびが見えてもそこに真理が息づいています。
私たちは傍観者ではなく、この物語の中に飛び込むよう、大胆に〈ピョン〉して、真理の道を生きるよう招かれています。end
2026年3月15日
『 ヨハネの描いた〈ペトロ〉の否み 』
【 聖書 】
ペトロは門の外に立っていた。(ヨハネ福音書18章16節)
1) 恐れの中でも従ったペトロ
ヨハネ福音書によれば、イエスさまは「この人たちは去らせなさい」と言われて、弟子たちを守られたのです。弟子たちは捕まらずに済みました。
その中で、なお主の後を歩いた弟子がいました。ペトロです。彼は「イエスに従った」のです。距離を置いて。ペトロは主を完全に見捨てたわけではないのです。恐れながらも主のあとに従った。
*
2) 門の外に立つ弟子 ペトロ
もう一人の弟子は大祭司の知り合いであったため屋敷の中庭に入ることができました。
しかしペトロは「門の外に立っていた」と記されています。主を慕ってここまで来ましたが、その先へ踏み出す勇気はありません。この「門の外」という場所は、主に従いたい思いと恐れとの間で揺れるペトロの心を映しています。
私たちも、このような場所に立っていることがあります。主を愛している。しかし主の側に立つことには不安がある。そのような揺れの中で信仰の歩みは始まるのです。
*
3) 「違う」という最初の言葉
門番の女中がペトロに声をかけました。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか」これは裁判でも尋問でもなく、ただの問いかけでした。
しかし、その言葉はペトロの心を激しく揺さぶります。ペトロは答えました「違う」と。短い言葉ですが、この一言が、主を知らないという最初の否認となりました。信仰を捨てたわけではありません。主を愛していないわけでもない。
それでも人は、恐れの中で自分を守る言葉を選んでしまうことがあるのです。福音書は、この人間の弱さを赤裸々に描き、隠そうとはしません。
*
4) 庭で揺らぐペトロ
春を迎える前の夜の庭は冷え込みます。暗い空気の中、炭火の赤い光だけが人々の顔を照らしていたことでしょう。
火のまわりに人々が集まり、そのゆらぐ光の中に、それぞれの表情が浮かび上がっていたに違いありません。その火のそばにペトロも立っていました。
主の行く末を案じ、心配してここまでついて来たのです。福音書は人間の弱さを、炭火の光の中に静かに映しだすのです。
*
5) 大祭司の元で真理の道を語るイエス
一方、屋敷の内側では、捕らえられたイエスを大祭司が尋問しました。そこには大祭司アンナス、そしてその娘婿カイアファがいました。
ヨハネ福音書は「最高法院」という言葉を使いませんが、大祭司の元に深夜に多くの議員たちが集まって来ました。異常なことです。
「大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた」とあります。その中でイエスさまは少しも動揺されませんでした。「わたしは、世に向かって公然と話した」「わたしはひそかに話したことは何もない」と堂々と答えられます。
ここには確かな対照があります。庭ではペトロは身を縮めるようにして火にあたっている。しかし屋敷の中では、縛られた主イエスが堂々と立ち、真理の道を語り続けたのです。
*
6) 鶏の声と悔い改めの人生
イエスさまはペトロに対して「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう」(13:38)と言われていました。
その預言通りにペトロは主を否み、鶏が鳴いたのです。ペトロの心にあった主イエスの預言の言葉を彼が忘れるはずがありません。その言葉は、ペトロが人生を閉じるまで悔い改めへと導き続ける言葉でした。自らの弱さを見つめさせる鶏の声は、どこに行っても聞こえたはずです。
しかしイエスさまはペトロを見捨てないのです。復活の主イエスは、むしろ弱さを知る者をなお招き、用いようとされるのです。
赦しが先行します。悔い改めた者を新しい歩みの中へと導いてくださるお方なのです。ハレルヤ・アーメン end
2026年3月8日
『 キドロンを経たキリスト 』
【 聖書 】
こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。(ヨハネによる福音書18章1節)
1) 祈りから始まっていた夜
ヨハネ福音書は主イエスの受難の出来事を「祈り」の場面から始めます。洗足のイエスが示された模範ののち、告別説教を経てから、天を仰ぎ祈られたのです。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。」(17:1)と。
栄光を現すという表現はヨハネ独特の言い方です。突き詰めれば「十字架の死」を意味することを知っておきましょう。十字架による栄光の時が来たのです。
*
2) ヨハネだけが使う「キドロン」
キドロンの谷はエルサレムの東側にあります。園の向こうに弟子たちとイエスさまがいつも身を置いて祈っていたと想像されるゲッセマネがあるのですが、福音書記者ヨハネはイエスさまがキドロンを通過されたことを告げたかったのです。
ヨハネ以外、新約聖書では「キドロン」は出てきません。しかし旧約では、常に忌まわしさが伴う場所です。
ダビデ王が息子アブサロムの反乱から涙の中渡ったのがキドロンであり、善なるユダの王ヨシヤ(前639-609年)が異教の祭具を焼き払い、灰を捨てた(列王下23:4以下)のもキドロンです。
イエスさまはキドロンを起点として十字架に向かわれたのです。イエスは追い詰められたのではありません。自らキドロンを渡り、ゲッセマネの園に入り、十字架への道を進まれた。そこから、主の受難の歩みが静かに始まったのです。
*
3) 何もかも知っておられたイエスの前進
18章4節に「イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て・・・」とあります。
このお姿から分かるのは、イエスさまは運悪く出来事に巻き込まれようとしていたのではないということです。そこにイスカリオテのユダが兵士たちと下役たちを連れて来ます。松明やともし火を持ち、武器も手にしているのです。
一方のイエスは何も持っていません。「だれを捜しているのか」というイエスさまの呼び掛けに「ナザレのイエスだ」の声が響きます。すると主は静かに答えるのです。「私である」と。その言葉は計り知れない重みをもっていました。彼らは後ずさりして地に倒れるほどでした。
どうして彼らが倒れたのか、福音書は説明していません。闇の中の主イエスは、決して弱々しいお方ではないのです。
*
4) 弟子を守るイエス
「誰を捜しているのか」「ナザレのイエスだ」が二度繰り返されたのち、イエスさまは「わたしを捜しているのなら、この人々を去らせなさい」(18:8)と仰いました。
「この人々」とはイエスさまの弟子たちのことです。弱い弟子たちを守っておられるのです。それは、彼らを「極みまで愛し抜かれるため」(13:1)でした。
*
5) ペトロの剣とイエスの心
イエスが捕らえられるそのとき、「ペトロは大祭司の手下に打ってかかり、その耳を切り落とした」(18:10)とあります。ペトロの心、行動はよく分かるような気がします。黙って見ていることができなかったのです。何とか主を守りたいからです。
けれども、「剣をさやに納めよ」と言われた主は、争いによってその場をおさめたのではない。
「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」(18:11)と主は言われた。「杯」とは十字架を受け入れられているということです。「苦い杯を飲む生き方」は時に私たちにも求められます。
*
6) 縄に縛られて捕らえられたイエス
抵抗されないイエスが居られます。争うことも、叫ぶこともなさらないのはなぜなのか。その意味は小さくありません。
十字架へと向かわれるイエスは引きずられません。ご自分でその道を進んで行かれたのです。
私たちを神のもとへ取り戻すために私たちの罪を担われて十字架に向かわれたのです。贖いの主は、全てを差し出されたのです。end

2026年3月1日
『 極みまでの愛と洗足 』
【 聖書 】
さて、過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。(ヨハネによる福音書 13章1節)
(1) 洗足が始まる「時」の到来
ヨハネによる福音書において「時」は重要な意味をもちます。ここでイエスさまは「この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟られた」と言われたのです。
福音書記者ヨハネはイエスがエルサレムに入城して間もなく、すなわち、12章23節で「人の子は栄光を受ける時が来た」と語られたことを告げています。そこでは「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ」と言われるのです。
私たちは身構え、緊張へと導かれます。主に受難が迫り、やがて襲いかかってくることが明確に感じ取られるのです。
*
(2) 「徹底的」「極みまで」愛される主
「弟子たちを最後まで徹底的に愛しとおされ」(リビングバイブル)・「世に在る己(おのれ)の者を愛して、極まで之(これ)を愛し給へり」(文語訳)というのが新共同訳の「世にいる弟子たちをこの上なく愛し抜かれた」という言葉を深めて理解させる訳だと思います。
これ以上ないほどに弟子たちを愛されるイエスが始められたのが「洗足」だった。弟子たちを徹底的に愛しておられる。徹底的に、惜しみなく、手厚く。極みまで愛しておられるのです。この愛に、彼らはどう応えるのでしょうか。
*
(3) ひざまずかれるイエス
フィリピの信徒への手紙を記したパウロ。彼は「キリスト賛歌」と呼ばれることのある歌の中でイエスとは何者であるのかをこう表現しました。
フィリピ書2章6節以下です。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」。
そのイエスが洗足のイエスでした。弟子の足を洗われる。当時の奴隷や僕と呼ばれる人たちの仕事でした。低く、小さく、謙虚に仕えられるお方がおられる。ひとりの例外もなくイエスは足を洗われます。
*
(4) 足を洗われるとは何を意味するのか
私たちはイエスさまから命じられていることがあるのです。主はこう言われます。
14節「主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。」と。
さらに飛んで、34節では同じ意味のことを「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」と教えられた。
〈私たちは〉どう生きるのでしょう。
*
(5)「足」は隠せない過去、恥を意味している
「足」を黙想してみましょう。日本語で確かめると人生の様々な岐路とも言えるような場面に足が出てきます。
「逃げ足」「忍び足」「足を向けられない」「足が地に着かない」「足で稼ぐ」「足が遠のく」「足が重い」「足をすくわれる」「足もとをみる」。思いのほか「足」は重要で身近なものです。その足を主は洗って下さるのです。
*
(6) ユダは裏切り ペトロもやがて否む
その後食事が行われました。パンを受け取ったイスカリオテのユダは「夜」(30節)に消えていきます。ペトロは食事のあとに一番弟子の誇りをもって「あなたのためなら命を捨てます」(37節)とまで言うのですが、イエスさまに裏切りを預言されました。ペトロの言葉に嘘はないのです。
しかし、よぎる思いがあったのではないか。
*
復活の主イエスがマタイ福音書28章の最後で、弟子たちと出会ったときに、弟子たちはひれ伏します。ところが聖書は告げます。「しかし、疑う者もいた」(17節)と。
「極みまでの愛」はそこまで貫かれていくのです。
罪とは、愛してくださる方を裏切り悲しませることです。
私たちは受難節の歩みを進めています。その「足」を主はひざまづいて、洗おうとしておられるのです。end

2026年2月22日
『 ナルドの香油を注がれたイエス 』
【 聖書 】
そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。(ヨハネによる福音書 12章3節)
(1)【ベタニアの家にやどる 復活のぬくもり】
「過越祭の六日前」、イエスさまはいつも世話になっていたベタニア村の「マルタ・マリア・ラザロ」の家におられます。エルサレムまで3km程の村です。
聖書はまず11章で甦ったラザロの存在を告げます。石で塞がれた墓の前で「出て来なさい」と大声で呼びかけられ、死を越えた命です。イエスさまはラザロの復活の祝いの食卓に居られます。
ここから神の救いの歴史が動き出します。
*
(2)【きょうだい、それぞれの信仰のかたち】
「あなたは神の子、キリストであると信じています」(11:27)と告白したマルタはいつものように給仕をしています。マリアは主の側にいます。彼女は主の言葉に聴きつつ機会を伺っています。
そしてラザロは、主と同じ食卓に着いていますが、彼はひと言も発しません。ラザロは存在を通して証しする人です。
三人のきょうだいの姿は信仰の多様なかたちを映し出します。告白し体を動かして奉仕する信仰、側で主のお言葉を聴く信仰。復活を黙って証しする信仰。誰もがみな必要でした。
*
(3)【「ナルドの香油」が注がれるとき】
そのとき、マリアが抱えていたナルドの香油の封が切られたのです。完全に封印されていた香油は後戻りできません。
その瞬間、濃厚な香りが空気を震わせます。
「家は香油の香りでいっぱいになった」とあります。甘く、深く、遠い異国の土を思わせる重みを含んだ香りです。マリアは主の足に香油を注ぎます。
油は静かに流れ、足を伝い、床に落ちる光を帯びます。そしてマリアは自らの髪でぬぐうのです。マリアの献身でした。この香油は高価でした。固く封じられ、将来のために取っておくこともできたはずの宝です。しかし一度開けばもう戻せません。
マリアは惜しみなく捧げたのです。これは衝動ではなく、主の歩まれる道を感じ取った決断。マリアの信仰告白でした。
*
(4)【恐れを抱く人々の中 神の御業が進みだす】
祭司長たちはラザロを殺そうと謀り始めます。ラザロが生きていると自分たちの足もとが揺らぐのです。復活の命を目の前にして恐れる人たちがいます。
しかし神の御業は、人の計算を越えて進みます。ファリサイ派が「何をしても無駄だ」(19節)と嘆くほどに、ことは動きだしているのです。
家の内側には香りが満ち、外側では陰謀が渦巻く。その対照の中で、主は歩みだされるのです。
*
(5)【油注がれた王のしるし】
油を注がれることの意味は本来なんでしょう。
聖書の中で最初に見る油注ぎは預言者サムエルによるサウルとダビデに対するものです(サムエル記上10:1、16:13)。それは王としての選びと即位を意味しました。ベタニア村のマリアの油注ぎはイエスがまことの王であることを指し示す秘かな奉仕なのです。
だからこそ、イエスは子ろばに乗った王としてエルサレムに入場します。威風堂々の軍馬ではなく、力ではなく愛で治める王として主は香油の香りをまといながら十字架へ向かうのです。
その姿に、イエスを通して示される神の国の福音の真実が明らかにされています。
*
(6)【香りに満たされる教会の歩み】
ベタニア村の三人の家は香りでいっぱいになりました。香りは見えません。でも隅々にまで行き渡りました。
信仰もまた同じです。ひとりの人の献身が教会全体を包むことが起こるのです。
礼拝の祈り、賛美、静かで秘められたところでの奉仕。それらはすべて主の前に立ちのぼる香りです。
ナルドの香油が注がれたマリアの奉仕に対して、イスカリオテのユダがもっともそうな理屈をつけてつぶやいたことが脳裏に焼き付き、悲しく心に残ります。彼の存在はひとごとではありません。
*
今年の受難節の始まりに私たちはベタニアの家に立っています。
取っておきたい宝を、主のために開くとき、教会は豊かな香りに満ち、油注がれたイエスは十字架の待つ丘へと進まれます。end

2026年2月15日
『 愛に包まれた書 ルツ記 』
【 聖書 】
その1 ○近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言ってその子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。ペレツの系図は次のとおりである。◆ルツ記 4章17節~18節前半
その2 ○サルマには(*「サルモン」と同意)(ラハブによって・森補足)ボアズが、ボアズには(ルツによって・森補足)オベドが。オベドにはエッサイが、エッサイにはダビデが生まれた。◆ルツ記 4章21節~22節(意訳)
その3 ○アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。◆マタイ福音書 1章1節
その4 ○サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。◆マタイ福音書 1章5節~6節前半)
(1)【 ルツ記とマタイ福音書は連続している】
アドヴェント・クリスマスを挟んで、ルツ記をご一緒に読んできました。私たちはルツ記を通じて望外の恵みを受けてきたように思います。
上に引用したのはルツ記とマタイ福音書です。二つの書は密接な関係があるのです。両方の書を注意深く読むとわかりますが「ダビデ」・「エッサイ」・「ボアズ」・「ルツ」がキリスト・イエスと確実に、しかも深い所で関係していることがわかります。
*
(2)【 ルツ記にもマタイの両方にその名が刻まれた「ペレツ」を見逃さない】
上には紹介しませんでしたが、マタイ福音書の1章3節の「ユダはタマルによってペレツ」のみ言葉も見逃せません。
「ペレツ」はマタイはもちろん、ルツ記4章にもその名が刻まれている人なのです。旧新約を結びつけている役割を結果的に果たすことになるのが「ペレツ」だからです。
「ペレツ」の両親(「ユダ」と「タマル」)の関係は創世記38章全体を使って赤裸々に記されます。素敵な話だとはとても言えません。けれども重要なのです。
東京神学大学で旧約学を講じられた故・左近淑先生はタマルの生き方に最大級の意味を見いだされました。
『旧約の学び 下』という本の中で「タマルが家名存続のためにする熱心な行動で」と記され、娼婦になりすまして舅(しゅうと)(義父)と関係を結んで子を宿そうとしたタマルに賛辞を送ります。
*
(3)【 ルツ記の最後に記されている系図に注意】
とは言え、ことは単純ではありません。義理の父と嫁が関係をもち子を宿して生まれて来たのが「ペレツ」であることをしっかり心に留めた上で、ルツ記の最終段落の小見出しに『ダビデの系図』とあることの本質的な意味を考えましょう。
注意が必要なのは、「ペレツの系図は次のとおりである」と聖書には短く、しかし確かに記されているのに対して、聖書本文には「ダビデの系図は次のとおり」とは記されていないことです。
つまり、「ペレツ無くしてダビデなし」、(娼婦に仮装までして子を宿そうとした)「タマル無くしてダビデなし」なのです。
*
(4)【 イエス・キリストと繋がる人々の幸い】
更に言葉を添えておきます。
救い主であるイエスさまが、タマル無しにお出でにならなかったことを知りたいのです。系図で見るとそうなるのです。
聖霊によってマリアに宿ったイエスさまですが、救い主は生身の人間が直面する様々な破れと傷と恥を経てこの世にお出でになったのです。
*
(5)【「ルツ」もまたキリストと繋がっている】
もう一つ最後の補足をしておきます。
ルツ記の主人公のひとり「ルツ」は、そもそもモアブ出身の女性、つまり異邦人でした。神の民イスラエルは歴史的に異邦人を嫌い、避けてきました。
また、ルツの夫となる「ボアズ」も「ラハブ」というエリコの娼婦の館で生業を立てずには生きることが出来なかった女性が母親です。神の民の系図はこの世の哀しみと罪も露わにするのです。
*
(6)【 ルツ記の登場人物は、だれもが誠実と愛に満ちている 最後に見えるのは「復活」】
「ナオミ、ルツ、ボアズ」。彼らには精一杯の誠実さと真実がありました。特に「ナオミ」はあまりに大きな不幸を経験した人であり、死んだも同然の人物だったのです。「ナオミ」はこれ以上の悲しみはない程、どん底まで落ちた人でした。
でも、ルツ記の最後に描かれる「ナオミ」は新しい命=幼子(「オベド」)を腕に抱いているのです。夫でもなく二人の息子でもなく命を抱くのです。
これこそ、聖書の指し示す復活の福音です。end

2026年2月1日
『 祝福の基(もとい)を知るならば 』
【 聖書 】
主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。(ルツ記4章12節)
以下は、2026年2月3日(火)13時54分に公開した加筆・修整版です。
(1)【門前にて 祝福が救いの歴史へとつながる】
引き続き場所は「町の門」です。ボアズとルツの結婚を見届けた人々は声を揃えます。「どうか主がラケルとレアのようにしてくださるように」。
実はこの言葉は単なる結婚のお祝いではありません。新しく生まれる家庭を神の民イスラエルの長い歴史の流れの中に置いて祈る言葉なのです。
*
(2)【姉レアと妹ラケル 祝福を競い合う】
祝福の中でまず呼ばれるのがヤコブの妻である「姉レアと妹ラケル」の名です。
二人は後の(のち)のイスラエル十二部族の母となる人たちです。創世記29~30章を見ると、その家庭の歩みは決して穏やかではありません。
ヤコブの愛は妹のラケルに傾いている中、ついにレアは第一子ルベンを産みます(創世29:32)がそこから本格的に姉妹の間には競い合いが始まるのです。子をめぐる願いと涙が重なり、互いに心をすり減らします。ヤコブも右往左往します。
しかしそんな中で、二人は神に向かって叫び、側女の助けを受けながら子ども産んでいくのです。
不思議なことですが、主はこの複雑な関係のただ中で、イスラエルの礎を据えていかれたのです。ヤコブ、レア、ラケル。それぞれの思いが交錯する中で、み業は静かに進みました。整ってから祝福されるのではなく、歩みの途中で主の恵みが歴史を育んでいきます。
*
(3)【タマルとペレツ――消されなかった名】
次に冒頭に掲げたみ言葉「どうか、主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。」を考えておきます。
ここで「タマルとペレツ」の名によって思い起こされているのは実は創世記38章です。38章の内奥は重く複雑で、読む者を戸惑わせる箇所なのです。タマルはユダの家に嫁として迎えられながら、夫を失い、約束されていた守りも与えられず、忘れられるようにして義父ユダによって実家に戻された女性です。
*
将来を閉ざされた一人の女性の痛みがそこにあります。しかし、タマルは沈黙したまま消えることはなかったのです。タマルは家を存続させる責任を生きようと願い行動します。
その過程は決して単純ではなく、倫理道徳的な観点から評価も分かれます。タマルが娼婦になりすまして義父と関係をもち、子を宿すからです。
「忌ま忌ましさ」すら感じるこの出来事を聖書は消し去ったりはしません。ユダ自身に「彼女の方が正しい」(創世38:26)と言わせているのです。「ユダ」は聖書全体でも要となっていく一族の長となる人です。人の弱さと破れが露わになる場面を聖書はしっかりと書き留める書なのです。
*
(4)【「ペレツ」という人の存在の重み】
タマルから生まれて来たのは「ペレツ」(意味は「破る」「割り込む」「広がる」)でした。思いがけない形で与えられた命が、やがてイエス・キリストの系図にも繋がる「ユダの家系」をつなぐ役割を果たしていきます。
ダビデ、さらにその先の救いへと続いていきます。人の目には傷や混乱としか見えない出来事を含んだ歴史が救いの歴史の中に組み入れられるのです。
ルツ記4章18節の小見出しは「ダビデの系図」ですが、み言葉は「ペレツの系図は次のとおり」と記しています。神の恵みは、破れを抱えた現実を通じて働くのです。
*
(5)【異邦の地から来た娘 ルツによって】
モアブの女性ルツに、つまり神の民の外にいた異邦人が、祝福の中心に迎え入れられた結婚です。血筋や出身ではなく、主なる神への信頼が尊ばれています。
オベド、エッサイ、そしてダビデと名が連なっていく系図が最後に置かれています。この名前の列は単なる記録ではありません。「ペレツ」から書き記されたこの系図の連なりは神の救いのみ業を証しています。
そして、この系図は私たち自身が引き継ぐべき救いのみ業そのものなのです。主を讃え感謝しましょう。ハレルヤ!end

2026年1月18日
『 ボアズの祈りを聴いた11番目のお方 』
【 聖書 】
ボアズは続けた。「あなたがナオミの手から畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らなければなりません。故人の名をその嗣業の土地に再興するためです。」 (ルツ記4章5節)
舞台はベツレヘムの「町の門」です。当時、「町の門」は裁判も行われ、大事な契約が結ばれ、誓いが交わされる場所でもありました。
ルツ記4章はそういう「町の門」を舞台に、人知を越えた神さまのご計画が前進していくことを告げようとします。ルツ記4章の最後はダビデに通じ、マタイ福音書1章の系図では救い主の到来に通じます。
*
ボアズは祈りを伴うある重大な決心をもっていました。町の門で出会うことを待ちわびている人の気持ちを確認することでした。
その人は、ナオミとルツに対しての大事な責任をもっており、移住していたモアブで亡くなったエリメレク(=ナオミの夫であり、ルツの義父)の家を守り抜く責任をもつ人でした。新共同訳では「当の親戚の人」として姿を現します。
彼は聖書の原文ヘブライ語でいうならば「ゴーエール」です。日本語にすると「贖い手=買い戻しの権利のある人」なのです。
*
ボアズはこの「当の親戚の人=ゴーエール」が、果たしてどこまで本気でルツとナオミに関わろうしてくれるのかを明らかにしたい。
だから、ボアズは「当の親戚の人」に、ナオミの亡き夫エリメレクが所有地としていた畑地を買い取る気があるのかを確認します。
即ち、ボアズは「自分にも覚悟はあるが、あなたはゴーエールとして自分よりも優先的な立場にある」ということを伝えたのです。
「当の親戚の人」の答えは「イエス」だったのです。その人は最初、「私がその責任を果たしましょう」と自信をもって言い切りました。
*
そこでボアズはもう一歩踏み込んで訊(たず)ねるのです。
まず、「それではお聞きします。あなたがナオミの手から土地を買い取るということは、エリメレクの嗣業の地を受け継ぐのですから、そこにいわばセットで付いてくることになる異邦の娘、モアブの女であるルツもゴーエールとして受け入れ、共に生きて行く覚悟がありますか?」と聞いた。
さらに続けて、「異邦人であるモアブの女であるルツを妻として受け入れ、子に恵まれることになれば、自分が父として振る舞うことを放棄できますか?」と言います。
そして、ここが肝心なのですが、ボアズは徹底して、「あなたはゴーエールとして、エリメレク家の世継ぎであるその子に、あなたが手にすることになる嗣業を引き継がせる覚悟をお持ちですか?」と言うのです。
*
このことを10人の長老たちの前で明らかにしようとした。これがボアズの口から発せられた第一の贖い人に対する4章5節のみ言葉の意味でした。
裏を返せば、実はボアズが、「まことにせんえつながら、私なら責任をもってここまでやり遂げる覚悟があります」と伝えているのです。
*
では、「当の親戚の人」はどう答えたのか。
それは、「ノーです。私には出来ません」でした。
「当の親戚の人」は言葉にはしていませんが、「自分はモアブの女ルツを受け入れ、それに伴うリスクと損失まで覚悟して責任を負うこと等、とてもではないが出来ない」と率直に答えたのです。
*
直後に、彼は当時の慣習に従って行動します。
自分の履物を脱いでボアズに手渡し、神と人の前で自分の言葉に責任をもったのです。こうしてボアズはエリメレク家を助け、「異邦人の女ルツも妻として引き受けた」と晴れて宣言したのです。
*
私は時空を超えてこの日の「町の門」に第11番目の証人としてイエスさまがおられたと信じます。
きょうはヨハネ福音書の10章も読みましたが、そこで、「私は羊の門である」と宣言され、さらに、「私にはこの囲いに入っていない他の羊も居る。その羊をも導かなければならない」と語られました。
イエスさまは「ボアズの祈り・宣言」を第11番目の証人として聴いて下さり、これからも共に生きるお方であることを約束されたのです。end

2026年1月11日
『 健気(けなげ)で真実な人を慈しむ神 』
【 聖書 】
ナオミは言った。「私の娘よ、成り行きがはっきりするまでじっとしていなさい。あの人は、今日中に決着がつかなければ、落ち着かないでしょう。」(ルツ記3章18節)
ルツ記3章には、異邦の地モアブから、しゅうとめのナオミについて一緒にベツレヘムに戻って来たルツがとった大胆な行動が描かれています。それは元々、しゅうとめのナオミが命じたことでした。
ルツは身を洗い、香油を塗り、衣を整え、夜のボアズの麦打ち場に忍び込みます。
*
ナオミは、夫エリメレクの土地を手放してしまうことを自分自身、納得できていなかったのです。
だから、ルツが世話になっている農場の主人ボアズが、嫁いできたルツ共々、買い戻してくれる、つまり、贖ってくれることを期待していたのです。
*
ルツは、ナオミが想像していた通りに行動するだけでなく、それ以上に大胆に、「あなたこそ私のゴーエール。見捨てず救ってください」と申し出たのです。
新共同訳では「あなたは家を絶やさぬ責任のある方」としていますが、言葉を簡潔かつ明確に訳すバルバロ訳では「あなたは、私を買い戻す権利をもっておいでなのですから」としています。
*
ゴーエールとは、元々、「買い戻す権利」のことなのです。土地を買い戻す、ということは、「土地とセットになっている人間も買い戻す=救う」ということです。
ナオミはきっとボアズがそうしてくれることに賭けたのです。それが、一見すると、ルツの無謀なプロポーズの姿に見える場面の本筋でした。実に健気(けなげ)なルツがここに居ります。
*
受け止める側のボアズはルツのことを「私の娘よ」と呼んでいます。ボアズはルツよりも相当に年長だったのだと思われます。ルツの義母ナオミも「私の娘よ」とルツを呼んでいます。
ボアズは落ち穂拾いをしているルツの働きぶりを見た時から、立派な娘だと認めていました。麦畑で働く若い者たちに目もくれず、とにかく、義母を大切にする心がけや態度から、「これは立派な異邦人の娘だ」と認めていたのです。
*
ボアズは娼婦ラハブの息子でしたから、ルツとは異なる形での苦労をずっと背負い続けて来た人でした。ルツを見つめる眼差しは温かでした。
そして、「あなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください」と願い出たルツを心の底から守ってやりたいと考えたのです。だからこそ、ボアズは律法に忠実な態度をとります。
*
ボアズは夜の静けさの中で、冷静に、しかし温かく応答したのです。「自分よりも大きな責任をもつ贖う者=ゴーエール」がいることを告げました。
最終的にはボアズがルツのゴーエールとなりますが、真実なボアズがここに描かれます。
「朝まで私のもとに留まって休みなさい」と命じる姿には節度が感じられます。正しい保護の仕方を知っている人なのです。律法の枠を踏み出さない成熟した信仰者がここに居ります。
*
夜明け前、世の人々が起き出す前に、ボアズはルツをナオミの元への送り出しました。
六杯の大麦を量り、肩掛けに入れてやりました。それは単なる土産ではなく、ルツの労苦へのねぎらいですし、世に対する証しでした。救いを言葉だけで終わらせず、重さと手触りをもつ形で与えたのです。
ルツはその重みを感じながら朝の道を帰っていきます。
*
戻って来たルツから全てを聴いた後のナオミは、「成り行きがはっきりするまで、じっとしていなさい」と言います。
文語訳聖書は「座して待ち事の如何(いか)になりゆくかを見よ」と訳します。
*
歩き、働き、身を低くし、夜の行動に踏み出した今ここでのルツに対してここで求められているのは、「動かないこと」・「待ち望むこと」でした。信仰とは行動する勇気を生きると同時に、動かずに待ち望むことでもあるのです。
ルツとボアズ、そしてナオミを包んでいるお方は、健気(けなげ)に真実に生きる人たちを慈しみ、顧みて下さいます。
その神こそは、救い主イエス・キリストを最強のゴーエールとして世に賜るお方なのです。end

2026年1月4日
『 東方の博士たちから始まったこと 』
【 聖書 】
彼ら(「東方の博士たち」・森補筆)が、その家の中に入ってみると、母マリアと共にいる幼子を見た。そしてその幼子にひれ伏し礼拝した。そして、宝の箱を開け、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。(マタイ福音書 2章11節)
東方の博士たちが登場します。彼らはマタイ福音書だけに姿を見せる人たちです。
マタイは当時の聖書に精通していたユダヤの人々が読者であることを明確に意識していました。その証拠に1章ではユダヤの歴史が一目できる系図を延々と記しています。
しかし、マタイ福音書にとって異邦人である東の国の博士たちが登場することは必然でした。
*
1章21節ではヨセフの夢の中に御使いが現れて大事なことを告げています。「イエスと名付けるように命じた幼子は自分の民を罪から救う」と。
その救いが東方の博士たちを通してあまねく宣べ伝えられるようになることがマタイ福音書の重要な使命なのです。だからマタイの最終章28章で復活のイエスは弟子たちに命じます。
「あなたがたは行って、全ての国の人々を弟子とせよ」と。
*
やがてキリスト教会は博士たちを匿名の存在としてではなく、具体的な姿を持つ人々として思い描く必要性を覚えるようになりました。
クリッペと呼ばれるクリスマスの人形たちの肌の色が異なる形で作られるのにも理由があるのです。
「カスパル」「メルキオール」「バルタザール」という名前が与えられた三人は、ヨーロッパ、アジア、アフリカという三つの大陸を代表する人として、福音が「あまねく」伝えられるべきものだということを示す象徴的な存在なのです。
1月6日の「エピファニー・公現日」が東方の博士たちの物語とがっちりと重ねられる理由がここにあります。
*
彼らは天体の動きを観測することを通じて、農業や軍事面でも助言をすることもできる程の知的な研鑽を積んでいた人たちであったと言われます。
今もご活躍のN.T.ライトというイギリス国教会の先生はこう言われます。
「東方の博士たちの星と惑星の研究は芸術の域まで達し、地上で何か重要なことが起こっている時には、当然、それが天にも反映された」と。
心に留めましょう。
*
ところで、博士たちがヘロデ大王の前に現れたことは大スキャンダルでした。何より今現在の王であるヘロデにとって認めがたいことです。
ヘロデは冷静さを装いますが腹の中は煮えくり返っていたのです。ヘロデ王も馬鹿ではありません。ユダヤの人々の心を掴む努力もし、アンテナも張り巡らしていました。
彼はイドマヤ人なのにユダヤの王となった人です。それがコンプレックスでした。
それゆえ、なおのことユダヤの人々が何を重んじて生きているのかを気にしていました。
*
ユダヤの社会を規定していた聖書についても誰よりも知る必要を心得ていました。
そこで、ただちに民の律法学者たちや祭司長たち皆を集めます。彼らは預言書のひとつミカ書5章の御言葉を示し、「ベツレヘムにメシアが生まれることが記されています」と告げるのです。
ただし、我々は冷静に考える必要があります。聖書はミカ書以外にも救い主の到来を告げる御言葉があることを、律法学者たちは知っていた筈だということです。
*
彼らはヘロデに全てを告げることを「はばかった」(忖度(そんたく)した)のです。
例えば、詩編72篇にはメシアの到来の時に起こることが示されていると読める御言葉があります。
詩編72篇11節に「全ての王が彼の前にひれ伏し、全ての国が彼に仕えますように」とあります。
イザヤ書60章3節以下にも「国々はあなたを照らす光に向かい、王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む。目を上げて、見渡すがよい。みな集い、あなたのもとに来る。」とあるのです。
*
今日(こんにち)、私たちはクリスマスを祝う意味を矮小化してしまうことのないよう、十分に心配りすべき時代を生きていることを自覚したい。
福音の高さ、深さ、強さ、長さを小さくしてしまってはいけない。世を恐れ、萎縮してしまうことの罪深さを認識する必要がある時代を生きていることを共に自覚していきたい。
主を畏れ、そう願うのです。end


2025年12月28日
『 シメオンの歌に福音が見える 』
【 聖書 】
主よ、今こそあなたはお言葉通りこの僕を安らかに去らせて下さいます。私はこの目であなたの救いを見たからです。これは万民の前に備えられた救い、異邦人を照らす啓示の光。あなたの民イスラエルの栄光です。」(ルカ福音書2章29~31節・私訳)
私たちが手にしている『讃美歌21』が1997年に刊行された時に新たに加わった賛美歌のひとつが180番の「シメオンの賛歌」(ラテン語で「ヌンク・ディミティス」)です。
ここでは180番の3節の歌詞をかみ締めたいと思います。
③「この救いは 主を求むる すべての人に 備えられた 啓示の光 み民のほまれ」とあります。
*
ルカによる福音書にはクリスマス物語の美しく印象的な場面が次々に描かれていますが、いよいよ締めくくりとなるのが、老シメオンの歌がエルサレム神殿で捧げられる場面です。
マリアとヨセフは律法の定め(レビ記12章1節以下)に従い、イエスを生後40日後にエルサレム神殿に連れて来て献げるのです。
そして、シメオンの預言とも言える歌を聴いてガリラヤのナザレに帰っていくのです。ヨセフとマリアだけがそうするのではなく、彼らの行動は律法に従ってのものでした。ルカはそのことを二度記して念押ししています。
*
私は今まで、この箇所を何度も読んでいて、概ね大事なことはだいぶ理解したつもりでいたのですが、見落としていた大事なことに気付きました。そして嬉しくなりました。
シメオンの人となりは25節でこう紹介されています。
「そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。」と。
彼は自分のことだけを考えていた老人ではありません。「神の民イスラエルの慰め」を願っていたのです。ローマの支配による様々な締め付けによる時代の息苦しさをシメオンは深い憂いをもって過ごしていたことが伺えます。
*
そんなシメオンがもう一つ別の言葉で紹介されます。
「主が遣わすメシア=キリストに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた人」。それがシメオンなのです。
神さまはヨセフとマリアが大事に連れてきたイエスをシメオンの腕に抱かせるご計画をもっておられたのです。だから生後40日目のイエスが彼の腕にしっかりと抱かれます。
*
この時、シメオンは何を歌い始めたのか。
実は、シメオンは彼が日頃から祈り続けて来た言葉によっては歌っていないのです。「イスラエルの慰め」は「同胞イスラエル」そして、「エルサレム神殿にやって来る人々だけ」が念頭に置かれていると言っても過言ではありません。
しかし、シメオンは聖霊に導かれてこう歌った。「これは万民の前に備えられた救い、異邦人を照らす啓示の光」と。
*
シメオンは「万民」と歌っています。
これはどう読んでみてもユダヤ人だけを指しているとは言えません。次に、「異邦人を照らす啓示の光」とあるように、幼子イエスを通じて明らかにされようとしている「救い、解放、慰め」は普遍的(英語では「ユニバーサル・universal」)なのです。
つまり、「広く万民のためのもの」です。異邦人とは当時の社会で罪人と同じ意味を持つものでした。
人々は異邦人との接触を嫌いました。ところがシメオンは、「民族の壁を越え、国境を越え、異邦人にも、救いをもたらす光がここに来た!」と歌ったのです。彼が考えを変えたのではありません。これが神さまのみ心です。聖霊が彼を預言者として用い歌わせているのです。人の思いを越えた出来事が律法の枠を超えて動き出しました。
*
ヨセフとマリアも「畏れ」を抱きます。特にマリアは、この子によって「世の人の思いがあらわにされ暴露される時に、心を刺し貫かれる」ことが告げられます。
約30年を経て、同じエルサレムで十字架の上のイエスを見上げることまで告げられています。「万民の救い」のためでした。
イエスとは誰であり何であるのか。私たちは果たして誰とこの福音の出来事を分かち合うのか。小さ過ぎる了見では神さまが悲しまれます。end

2025年12月21日
『 民全体に告げられる大きな喜び』
【 聖書 】
今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。(ルカ福音書2章11節)
キリストの誕生を物語る福音書記者ルカは、ローマ帝国の皇帝アウグストゥスから「全領土の住民」に向けて勅令が出たところから始めます。
全ての道はローマに通ずとはよく言ったものです。ローマの頂点に立つアウグストゥスは「王」として君臨するだけでなく当時の社会において「神であり主」であることを宣言して生きていました。
*
ダビデの家に属しガリラヤのナザレという寒村に暮らしていたヨセフはユダヤのベツレヘムにやって来て住民登録する必要がありました。危険は承知の上で身重となったマリアを連れて遠くベツレヘムにやって来たのです。
マリアの臨月が近くなり、いつ何が起きてもおかしくない中でしたが、権力の命令に従わないという選択肢はありません。結果としてマリアは産気づき、生まれて来たみどりごを馬槽の中に寝かせることになったのです。宿屋には余地なし。それもみ心でした。
*
「全領土の住民」が対象の勅令でしたが、「全領土の住民」に含まれなかった人々が居ました。それが夜通し羊の番をしていた羊飼いたちでした。様々な情報を彼らは手にする術をもっていて、ベツレヘムに各地からやって来て住民登録をする人たちでにぎわっていることは知っていたことでしょう。
そんな彼らに驚くべきことが起こります。いつものように彼らは野宿をしていました。ベツレヘムでの住民登録には縁がないのです。しかし、救いの出来事は周縁とされた所から始まります。
*
彼らはこれ以上まぶしい光は見たことがないというほどの明るさを感じたと同時に、声を聞きます。彼らは恐れました。原文は「彼らは大きな恐れに恐れた」(田川建三訳)というこれ以上ないほどの恐怖だったことが記されています。
天使が彼らに言いました。「恐れるな、見よまさに、あなたたちに大きな喜びを福音として伝える。これは全ての民に対するものである」という声でした。
*
新共同訳には訳されていませんが「見よ」という強い注意喚起があります。「全ての民」とは皇帝アウグストゥスからの勅令が「全領土の住民」に向けられていたのと同様です。しかし、住民登録は数に入らない彼らには無縁だったのに、天使が自分たちに告げているのは「全ての民」であり、羊飼いたちも対象なのです。
その内容も彼らを驚かせます。「救い主=キリストがダビデの町に生まれた」と。しかもキリストが、「飼い葉桶に寝かされている」というではありませんか。
*
さらに、「天の軍勢」がその直後にやって来て伝えます。
「いと高きところには、栄光、神にあれ。地には平和、(主の)よろこび給う人にあれ」と。羊飼いたちは互いに言ったのです。「さあ、それならば、私たちもベツレヘムへ行こう」と。
おそらくは実際はそう遠くない距離のところで彼らは羊の番をし続けていたはずです。しかし、心の上では限りなく遠いところだったのがベツレヘムでした。
*
目印は「飼い葉桶のキリスト」です。すぐには見つけられません。
だから、「探し当てた」のです。彼らは驚きます。天使が告げた通りだったからです。顔を見合わせました。そしてヨセフとマリアに不思議なお告げが天使から告げられた、と話したのです。
*
彼らは家路に着くのですが、聖書はマリアが静かに「畏れる姿」を描写しています。主のみ心を想い巡らす他ないのです。
これは十字架の予告と読めます。キリスト降誕の出来事をクリスチャンは浮ついた気持ちで読むわけにはいかないのです。
飼い葉桶のキリストには十字架という遜(へりくだ)りの出来事が浮かび上がって来ます。神が人の現実に降(くだ)って来られた。そこにこそ救いが明らかにされています。ハレルヤ!end

2025年12月14日
『 ヨハネの父 ザカリアの新生 』
牧師 森 言一郎
【 聖書 】
すると、たちまちザカリアは口が開かれ、彼の舌も解かれ、神を誉め讃え始めた。その近所の全ての人々に恐れが生じた。(ルカ福音書1章64節 私訳)
場所はユダヤの山里の村でのことです。ザカリアとエリサベトという老人になっていた夫婦のもとに生まれたのは、のちに、イエスの先駈けとなる洗礼者ヨハネでした。
ヨハネの誕生は聖霊に満たされた祝福による導きであることが聖書では様々に表現を変えながら告げられています。
近所の人々も親戚の者たちも、老夫婦に起こった出来事に不思議を感じながらも祝福に駆けつけます。
特に、誕生から8日目には、レビ記12章3節に「八日目にはその子の包皮に割礼を施す」とあるように、彼らはアブラハムの時代に始まった「割礼」の儀式を祝いの心をもって執り行ったのです。
*
ところが、祭司として、エルサレム神殿で儀式に仕える務めのために生きて来たザカリアは、御使いガブリエルからヨハネの誕生のお告げを受けたときに、信じることができませんでした。
それゆえ言葉を発することが出来なくなったのです。祭司であり父であるザカリアでしたが、わが子の割礼の儀式に仕えることが出来ませんでした。いつしかザカリアは、悔い改めの中に居たのです。
*
聖書はザカリアの口が開かれ、舌のもつれから解放され、主に導かれるままに賛美し始めた様子を告げます。
「ザカリアの賛歌」が始まったのは、主が命じられた通りに、エリサベトとザカリアが与えられた子に「ヨハネ」と名付けた時のことです。ザカリアが賛美を始めたことの背後にある事情についてもう少し考えたいと思うのです。
*
ザカリアの沈黙。それは神殿という正統な場所で、天使の告知を受けながらも、その言葉を信じ切れなかった結果の一種のお仕置きに見えます。
しかし、ここで沈黙させられたのは個人としてのザカリアだけではないことを知りましょう。祭司制度が担ってきた「定型化された神への祈り」が、一度ストップを掛けられているのです。旧い言葉はそのままでは通用しない。それがザカリアに襲いかかった沈黙の9ヶ月の時だったのです。
ザカリアの沈黙を破る前触れとなったのが、妻エリサベトの歌でした。彼女は祭司でも預言者でもないのです。しかし、マリアの訪問を受けたとき、「聖霊に満たされて」声高らかに歌い始めました。しかもそのきっかけは、胎内の子が「踊る」という出来事でした。
エリサベトの賛美は人間の理解や制度からではなく、まだ見えない命(ヨハネ)の応答=踊りから始まっていたのです。
*
エリサベト、そしてマリアの賛歌に続く延長線上で始まったのがザカリアの賛美でした。
口が開かれ、歌い始めまたザカリアは、神殿の儀礼を一切語っていません。イスラエルの救いの歴史を語り、やがて来られるいと高き方の預言者となる我が子の使命を歌いながら証ししているのです。
語ることすら禁じられた「祭司ザカリア」が賛美することの中で「預言者ザカリア」に変えられていったのです。
沈黙が歌に変わることの背後に、非常に大きな意味が秘められているのです。これまでのザカリアの祭司としての人生の中での言葉は、伝統と制度の中で与えられたものでした。
しかし、ここでのザカリアの賛美は、神が今ここで起こされた出来事に突き動かされて始まったという点で全く質が異なります。
*
沈黙を経た口からあふれ出た賛美は神の言葉を取り次ぐ新しい人ザカリア、預言者ザカリアの言葉でした。
ザカリアは神殿で仕える人から、神がなされたことを指し示す預言者に変えられていったのです。クリスマスの序章の出来事の恵みを、私たちは今、ご一緒に分かち合っています。end

2025年11月23日
『 キリストの予型 あなたはゴーエール 』
牧師 森 言一郎
【 聖書 】
「誰だ」とボアズが言うと、彼女は答えた、「わたしはルツ、あなたのはしためです。どうかあなたの衣の裾をはしための上に広げてください。あなたはわたしの贖い手です」。(ルツ記 3章9節)
ルツ ナオミがルツと共に異邦の地・モアブからベツレヘムに帰ってきてから四ヶ月ほどが過ぎた頃のことです。
*
ナオミは亡き息子マフロンの妻ルツが可愛くてしかたありません。「私の娘」と思うからこそ、ルツのこれからが気掛かりでした。
ベツレヘムはルツにとって異邦の地です。大麦と小麦の刈り入れの季節の間中、落ち穂拾いに励んでくれたルツに対する愛情は深まるばかりです。だからこそ、ルツの幸せをナオミは考え続けました。
*
ついにナオミは、ルツと向き合う中で穏やかに、しかし、かつてなく心を込めて語り始めたのです。
「ルツ。私らがお世話になって来たボアズさんは、ただの地主さんじゃないことは知っているよね。ゴーエールという、私たちのような者に特別な配慮をして下さる有難いお方だってことは、あの日に話した通りだよ」と。
ルツはナオミが何を言い出そうとしているか見当も着きませんでした。でも、彼女はその夜、実行に移すのです。
*
ルツは足音を忍ばせます。収穫感謝の食事会でワインを飲み、疲れ果てて休んでいるボアズの足もとに近づき横になるのです。
緊張が高まります。心臓の音が自分でもわかる程ではなかったかと思うのです。
ルツがナオミから「こうしなさい」と命じられたのは、事実上のルツからのボアズに対する「求婚=プロポーズ」でした。
それが正しい行動かどうかなど、ルツは考えたりしませんでした。だから、「お母さんの仰る通りにいたします」と口にし、実行に移したのです。
*
ボアズは深い眠りに落ちていました。しかし、やがて、足もとにひんやりとした気配か、なにがしかの違和感を感じ、はっと身を起こします。闇夜の中、何者かが自分の足元に横たわっていることに気付いたのです。
「誰だ」。身を守るべく声を荒げたその瞬間、震える声が返ってきたのです。
「私はルツ……あなたのはしためです」。
ルツはうつむきながら、しかし、はっきりと言いました。自分の心臓音が夜の闇を破るように鳴っています。しかしこれこそ、ナオミの願いと、マフロンへの忘れられない愛と、今ここにある自らの未来への一歩が刻むリズムでした。
*
「……どうか、あなたの衣の翼を、はしためである私の上に広げてください」と。
そして続けたのです。
「あなたはゴーエール。贖い手として、私を受け入れて下さい」という、深い願いと信頼、そして決意を総動員して絞り出された結果の言葉でした。
*
冷静にこの場面を読み直してみると気付くことがあります。
ルツは義母ナオミの言う通りにはしていないのです。むしろ一歩も二歩も踏み出しています。
「ボアズの言う通りにしなさい」のはずが、ルツは自らのボアズに対する信頼を告白しているのです。
ボアズはその願いを聞いて、驚きと共に胸が熱くなったに違いありません。夜の闇に隠れてはいても、ルツの誠実さと真っすぐな信仰が映し出されていたことでしょう。目の前の女性が、ただの異邦の娘ではなく、主に従う者であることを彼は知っていたのです。
*
落ち穂拾いの畑でルツのことを見守り続けていたボアズですが、さすがに驚いたことでしょう。
深い闇のなかで、神さまが働いて居られます。主が備えられた救いの道は、いつだって、人の計らいを超えて息づいています。
ナオミの祈り、ルツの従順、そしてボアズの信仰。その三つが何かを紡ぎ始めています。
創造と贖いの主は、心の震えの中で、今を生きる私たちが御言葉に聴き従うときにも、時空を超えて道を拓いて下さいます。end

2025年11月16日
『 はしためルツを用いられる神 』
牧師 森 言一郎
【 聖書 】
大麦の刈り入れと小麦の刈り入れが終わるまで、ルツは落ち穂拾いをするときには、ボアズの召し使いの女たちのそばを離れず一緒にいた。このようにして、彼女はしゅうとめと共に暮らしていた。(ルツ記 2章23節)
ルツはモアブからやって来た異邦人でした。イスラエルという国のベツレヘムで頼りにできるのは、おそらく、すでに老いの入口に足を踏み入れていたであろう義母のナオミしかいないのです。
異国で雑念を振り払う唯一の道は、とにかく、一所懸命に目の前の仕事に精を出すことだったと思います。それが落ち穂拾いでした。
落ち穂拾いは、例えば申命記24章19節で、「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい」という律法で規定されています。ルツは夫を失った寡婦であり、モアブからやって来た寄留者ですから、ピタリと当てはまります。
*
とは言え、ルツにとって、地主のボアズが自分の麦畑で安心して落ち穂拾いを続けられるように心に掛けてくれることが本当に有り難いことでした。
ですからルツは、ご主人であるボアズにこう聞いています。「よそ者の私にこれほど目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのは、なぜですか。」と。大事なことを率直に言葉にできるルツという人の素晴らしさが垣間見えます。
*
ボアズはルツを熟知していました。彼の信仰は、「主がその御翼(みつばさ)のもとに逃れて来たあなたに十分報いてくださるように」と祝福を祈る姿から伝わってきます。
「翼」は旧約聖書の中で「神による保護・憩い」を意味する言葉です。ルツは当然の権利として麦畑で守られている等とは考えませんから、「あなたは、はしための一人にも及ばない私ですのに」という謙虚な姿勢で生きています。こんな小さな存在に過ぎぬ私のような者をお心に留めてくださり、「本当に慰められています」と心からの感謝を伝えた。
ボアズはルツを食事に招きますが、これは「あなたは、これからも安心してここに居てもよいだの」という宣言なのです。
*
ルツを生かす力はもちろんボアズからも与えられています。でも、この時のルツにとって、何よりもの支えの力になったのは落ち穂拾いに送り出し、落ち穂拾いから帰ってくるのを待っていてくれたナオミの存在だったのだと私は考えます。
ルツが背負って帰って来た麦は「一エファほどにもなった」とあり驚きます。一エファは約23㍑ですから相当な重さなのです。
そして、ナオミは、夫エリメレクと縁続きのボアズの麦畑からルツが落ち穂を持ちかえったことを知り、み名をあがめるのです。「主は、生きている者にも死んだ者にも、慈しみを惜しまれない」とあるとおりです。不思議が起こる時、そこには既に神が働かれています。
*
ルツ記は、2章の最後のところでこうまとめます。
「大麦の刈り入れと小麦の刈り入れが終わるまで、ルツは落ち穂拾いをするときには、ボアズの召し使いの女たちのそばを離れず一緒にいた。」と。
さらに、「このようにして、彼女はしゅうとめと共に暮らしていた。」と書き添えています。
*
そうです。ルツ記2章が私たちに何よりも告げたかったのは、寡婦にして寄留者、そして、異邦人としてベツレヘムにやって来た「はしため」ルツが、ナオミのために奮闘する姿なのです。ルツは夫を失い、二人の息子を失った義母を支えたいのです。この「麦畑」は、私たち読み手にとっては、今、礼拝をしている教会のことです。
ナオミの喪失の連続からの回復を、神さまはルツという小さな「はしため」の存在を通して始められました。それが神さまの真実、慈しみであり、義なる道なのです。
このことは、「私は主のはしためです。お言葉通りこの身になりますように」と告白し、イエスの母となるナザレの娘マリアの告白に繋がっていきます。主のみ名はほむべきかな。end

2025年11月9日
『 〈義人〉にして〈罪人〉のボアズ 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
ルツは出かけて行って、刈り入れをする人たちの後について畑で落ち穂を拾い集めた。それは、はからずもエリメレクの一族に属するボアズの畑であった。(新改訳2017・ルツ記 2章3節)
ルツ記2章の世界には穏やかさと温かさを感じます。互いが互いをおもんぱかる姿勢、そして、余白を感じるのです。
なぜでしょう。背後にあるのは律法のレビ記19章18節にある「隣人愛」です。イエスさまが永遠の命について教えを求めてきた律法学者に対して語られたのが、「自分自身を愛するように隣人を愛せよ」との教えでした。
*
ルツ記2章から登場するのがボアズです。ある英訳聖書では「rich and influentialman (*裕福で影響力のある人) 」(TEV訳=Today' English Version)と紹介しています。
でも、ボアズはただのお金持ちではないのです。使用人たちとの間に「シャローム=平和」があります。挨拶ひとつ見ても、主人であるボアズとの間に信頼関係があったことが分かります。
彼はよい意味での「インフルエンサー」つまり、影響力をもつ人でした。ボアズから良き感化を受けている人々がボアズの畑には大勢いました。そして、落ち穂拾いをする他に生きて行く道を見いだせない「寡婦や寄留者」たちがボアズの畑に集まって来ていたのです。
*
ボアズはルツに「私の娘よ」と呼びかけ、「よその畑に行く必要などない。ここにいつもお出でなさい」と語りかけます。
彼の名前はイエス・キリストの系図が記されるマタイ福音書1章5節に出てきます。
「サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた」とあるのです。これは極めて重要な情報です。
*
注目したいのは、ルツ記で「義人」として登場するボアズの母が「ラハブ」だという点です。
ヨシュア記2章でラハブは遊女の家の主人として登場します。そんなラハブの存在なしに出エジプトの旅を40年続けてきた神の民イスラエルは約束の地に入ること出来なかった。
ラハブは出エジプトを導かれた神を信じるのですが、元々は約束の地に隣接するエリコに生きる異邦人です。そのラハブがボアズの母で、ボアズがルツと結婚して子孫を残すことで、キリストの系図にも連なってくる。
*
ボアズは母の過去を知っていました。イスラエルの民の一員となっていったラハブですが、罪人の烙印を押されても仕方がない女(ひと)だったのです。
母の苦労話に触れていた息子ボアズは、律法を通じて「寄留者・孤児・寡婦」に(申命記14:29、16:11、24:19など)どのように接するべきかを知る以前に、母思いの息子として、どのようにして人々と接するべきかを身につけていたのではないでしょうか。
彼のやさしさは哀しみと裏腹です。
*
彼は今、「義人」として生きています。しかし、生い立ちの上で生まれながらの「罪人」なのです。彼はボーダー・境界線上を生きる人だったのです。
ルツがボアズに出会うこと。
それは「はからずも」起こったことでしたが、二人の出会いは決して偶然ではありません。神さまの高く、深く、広い愛によって導かれた必然でした。
*
礼拝を捧げている私たち。今日、たまたま教会に導かれているのではないのです。
イエスさまはヨハネ福音書15章16節で「あなたがたが私を選んだのではない、私があなたがたを選んだ」と語られました。
パウロもコロサイ書3章12節以下でこう語ります。
「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されている。だから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。・・・あなたがたも同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。」と。
その愛に私たちは救われたのです。私たちの道も開かれています。end

2025年11月2日
『 徴税人の頭(かしら)ザアカイの救い 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
彼は徴税人の頭で金持ちであった。彼はイエスがどのような人であるかを見たいと思っていた。しかし、彼の背が低かったので、群衆のために見ることができないでいた。(私訳 ルカによる福音書 19章2節~3節)
イエスさまはエリコで徴税人の頭ザアカイと出会います。当時の徴税人は人々からは罪人たちと同列に置かれ、うとまれている存在でした。世にあって小さくされているのがザアカイでした。聖書は「彼は背が低かったので群衆に遮られて見ることができなかった」と伝えます。
「彼は背が低い・小さな人だった」とあるのですが、私は、福音書記者ルカは単に身長が低かったとだけ言いたいのではないと思います。
「小さい」の原語は「社会的に取るに足りない存在」も意味する言葉だからです。ザアカイは金持ちなのです。でも、決して人々から大切にされるような存在ではなく罪人の烙印を押される人でした。そんな「小ささ」を自覚しながら生きている人がザアカイだったのです。
*
群衆が壁のように立ちはだかり、ザアカイは無視され、イエスさまを迎える列に加えられません。そこで彼はいちじく桑の木に登ったのです。町の有力者ザアカイが子どものように木に登るのです。
滑稽にも見える姿ですが救いの第一歩がありました。木の上に立ったザアカイは、イエスを見下ろすのではなく、イエスのまなざしを正面から受け取る位置にいたのです。イエスがその木の下に来られ、立ち止まり目を上げて言われました。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、あなたの家に泊まることにしている」(19:5)と。
*
ザアカイの目に、誰よりも深く自分を見つめてくださる主のまなざしが入りました。この時、彼の人生の向きが変わったのです。ザアカイは、迷うことなく、イエスを喜んで自分の家に迎え入れます。ザアカイは「徴税人の頭」でした。
イエスさまがザアカイと出会ったときの立ち位置に心を向けたいと思います。イエスさまはザアカイのことを上から見下ろすお方としてではなく、下に立って受けとめようとするお方としてお出でになっています。
英語で「understand」という単語があります。「理解する」という意味の言葉です。「understand」を2つに分けると「under」と「stand」になります。イエスさまは「under- stand」をこのとき実行されました。そして、ザアカイの喜怒哀楽の一切を家に泊まり聴き続けたのです。
*
人々は言いました。イエスは「罪深い男のところに行って宿をとった」(19:7)と。しかしイエスさまは宣言されます。「今日、救いがこの家に成就した」(19:8)と。
私たちの悲しみの中、孤独の中にも、神の愛は在り続けています。でも、小さき人生の中で、神は最も豊かに働かれるのです。失われたものを探し出してくださいます。
そのために主は世に来られました。エリコの町の木の上でザアカイはイエスさまと出会いました。さらに、「私は今夜、あなたの家に泊まらなければならない」と言われて、実際に泊まられた彼の家で、救いの出来事が成就したのです。
*
パウロは小さき人イエスをこう表現しました。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ書2:6-8)
ここには、ご自身「小さき人」となられたキリスト・イエスの愛が満ち溢れているのです。end

2025年10月26日
『 空っぽの二人ゆえに 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。(ルツ記1章22節)
モアブからベツレヘムに向かうことは、ナオミとルツにとって、同じようでありながら全く異質のものでした。ルツはモアブ人ですから異邦人です。
ベツレヘムで何が待ち受けているか、想像できることは極めて限定的でした。それに対してナオミはベツレヘムでの暮らしについてはある程度予想することができたはずです。10年前までは亡き夫エリメレクと共に家庭を築いた場所だからです。
一方、二人に共通していたことがあります。夫に先立たれたということです。ベツレヘムでの彼女たちの暮らしを規定するのは「律法」ですから、少なくともナオミは「寡婦・やもめ」に対する律法を通じてこれからを考えていたはずです。
*
とりわけ、「落ち穂拾い」に関連する教えは密接に関連します。「隣人愛」(レビ記19:18)が語られる直前に、「穀物を収穫するときは、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めるな」(レビ記19:10)とあるのです。
これは申命記24章19節の「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとせよ」と連動するものです。
ベツレヘムは大麦の刈り入れの頃でしたから、何一つ持たないで帰って来たナオミは、何としても生き抜くために麦畑で働くことを考えていたはずです。
*
ベツレヘムに入った二人、とりわけ、旧知の者が大勢いるナオミには人々が近づいてきます。聖書は「どよめき」があったと伝えています。ナオミは、10年の苦労でシワも増えていたことでしょう。おまけに見慣れない女=ルツを連れています。噂が噂を呼んだかも知れません。
非常に敏感になっていたナオミの語気が相当に強かったことをうかがわせるのが「ナオミ」(快い・甘い)という名にまつわる言葉ですが、「冗談じゃない、私は辛酸をなめ尽くし、苦さしか感じないんだよ。だから、もうこれからは、マラ(苦い)と呼んで」と叫ぶのです。
ナオミは信仰者としての人生を手放してはいませんでした。「主が私を悩ませ全能者が私を不幸に落とされた」という言葉を添えているのです。ナオミは自分の人生を受け入れている人です。
*
空っぽになる時、神さまは私たちに新しい出来事を示されるお方です。
サムエル記上1章15節のハンナの祈りにおいても、「主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました」とあります。ハンナは空っぽになります。
また、マルコ福音書12章41節以下の、レプトン銅貨二枚を捧げて空っぽになったやもめの姿にも通じます。彼女たちも神さまにその存在を受け止められたのです。
*
「空っぽの墓」がイエスをキリストと信ずる者にとって再出発の場所であることを思い起こしましょう。
そこがキリスト教信仰の原点であることとナオミとルツが大麦の刈り入れの頃にベツレヘムに帰って来たことは無縁ではありません。
彼女たちが麦畑に立つ時に豊かな実りを手にするわけではありません。レビ記23章10節に「私が与える土地に入って穀物を収穫したならば、あなたたちは初穂を祭司のもとに携えなさい」とあります。
*
ナオミとルツが束ねる穂は軽い。いいえ、稲穂どころか、落ち穂さえも乏しいのです。
しかし、「キリストは死者の中から復活し初穂となられる」(第一コリント15:20)お方です。ナオミとルツには、時空を越え、その復活の命が注ぎ込まれます。空っぽの二人だからこその命が。end

2025年10月19日
『 ナオミとルツの旅路 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。(ルツ記1章18節~19節)
10年の歳月を過ごし、住み慣れた感すら抱き始めていたモアブの野を後にし、ベツレヘムを目指す道は約80㎞。荒れた山道を4日から6日程かけて歩く旅路でした。ナオミの歩みは少し遅く、ルツは時々手を添えながら進んだことでしょう。
*
沈黙の時間もありましたが、この旅は二人にとって人生で二度とない、密度の濃い時となりました。彼女たちは共に夫をモアブの地に葬った者同士。愛する人を遺して歩き出す痛みを理解できるのは二人だけでした。
語らずとも伝わるものがあり、涙の重さも風の冷たさも、同じように分かち合えたのです。言葉を越えた同伴が、そこに生まれていました。互いが同伴者となっているのです。
*
しかし、ナオミは、ベツレヘムで異邦人の嫁ルツが負う苦労を思わずにいられませんでした。だからこそ「モアブへ帰りなさい」(1:8,11,12)と少なくとも三度繰り返します。
ルツの相嫁オルパが接吻をもってモアブへ戻ったのも、ナオミの愛に動かされたからでした。ナオミの言葉の奥には、拒絶ではなく深い憐れみと愛がありました。
*
ナオミもまた、この悲しみの中に神の御手を見ていました。「私たちに降りかかったこの苦しみは、主の御手によるものなんだよ」(1:13後半)と呻(うめ)くようにして語っています。
これは一人の信仰者としての告白であり、神の御旨を受け入れる覚悟を明らかにするものでした。「あなたたちは、本当にこの道も、共に歩いて行くことができるのですか」と問うたのです。
ルツは静かに、しかし確かに応えます。「私はあなたの行かれる所に行き、あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」(1:16)。
*
この一言が沈黙をやわらげ、二人の歩みを一つにしました。異邦人であるモアブの女であるルツがこのように告白していることの意味は大きいのです。
これ以降、以後ナオミはルツを説き伏せるのをやめます。二人の息遣いが支えとなりました。ルツがナオミの足取りを守り、ナオミがルツの若き信仰を見守る。もはや義母と嫁を越えた同伴者となったのです。
*
やがて、二人が辿り着いたベツレヘム ― その意味は「パンの家」です。1章6節に「主がご自分の民を顧みて、彼らにパンを下さった」(新改訳2017)とあります。新共同訳の「主がその民を顧み、食べ物をお与えになった」という翻訳は原文に照らし合わせても弱さを感じます。
備えられたのは「パン」であり、主の祈りにある「日毎の糧」なのです。その本質はイエスさまに通じて行きます。ナオミとルツ、二人の歩みは、やがて「命のパン」(ヨハネ福音書6:35)として来られるキリストの来臨を備えていくことになることに気が付きます。
*
モアブの野からベツレヘムへの道。それは悲嘆から希望へ、沈黙から交わりへ、孤独から同伴へと変えられていく信仰の旅でした。
エマオ途上の二人に復活の主が寄り添われたように、この旅にも見えざる神の御手が働いていました。
私たちもまた、この二人のように信頼と支え合いのうちに、主と共に導かれた道を歩みたいのです。ベツレヘムのパンの備えは、今もこれからも、私たちに及び続けます。だから、私たちは安心して生きていけるのです。end

2025年10月12日
『 あなたは 独りぼっちではない 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。 (ルツ記1章6節~7節)
極めて厳しい飢饉(ききん)が襲いかかっていたベツレヘムに暮らすエリメレクとナオミ夫妻は、二人の息子と共に異邦人の地・モアブに移り住むことになります。
その決心に至るまで、並々ならぬ葛藤があったことを私たちは想像する必要があります。
ここで一歩引いて知っておきたいことは、この一家は名も知れぬ貧しく小さな家族であるという点です。そこにこそ、私たちが聖書を生きる民として読む意味があります。ここには私たちの物語があるということが大前提となっているのです。
*
聖書は彼らが移り住んだのが、単に「モアブ」ではなく「モアブの野」であることを繰り返し告げます。実に考えさせられる表現です。彼らが寄留したのは「野」を付けざるを得ない場所なのです。
とは言え、彼らは何としても生き延びていくために働くすべを求めたのです。人里から離れ過ぎていては働く場所もなく仕事もできません。
*
そうこうするうちに、家長エリメレクが死にます。残酷な現実でした。
「息子たちはその後、モアブの女を妻とする」のですが、ここにも複雑な事情が生じます。異邦人の女を妻とすることはエリメレク亡きあとベツレヘムへの帰還が遠のく現実でもあったからです。
さらに、輪を掛けての悲惨がナオミに襲いかかります。大切な跡取りの息子たちが次々に死んでしまったのです。
*
「十年ほどそこに暮らしたが」とあります。ナオミはモアブで「一人残された」のです。
1章21節にナオミがベツレヘムに帰ってから周囲の者たちにその心の内を露(あら)わにする場面があります。
「出て行くときの私は満たされていましたのに、主は私を無一物でお帰えしになりました。」と絞り出すように言ったのです。
一家揃って見知らぬモアブの野に向かったときを、ナオミは、「私は満たされていた」と振り返るのです。私たちの人生の満ち足りた時とはどういう時なのかを考えさせられます。
*
とは言え、ナオミには寡婦(やもめ)となった二人の嫁がそばにおりました。
程なく、ナオミは一つの決心をすることになります。ベツレヘムへの帰還でした。その決心をするのには切っ掛けがあります。
「主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたので」と記されています。
私はここに、人生最悪・最低の厳しく、むごく、苦しい時を生きていたナオミに対する神の憐れみを発見します。いうなれば、彼女は独りぼっちではなかった。神さまがどのようなお方であるかを私たちにも告げられているのです。
*
信ずる者に対しての祝福を約束される神は、責任をもって臨まれるお方です。
人には出来ない事態の変革をもたらされるお方なのです。それが神さまの愛であり、義であり、慈(いつく)しみです。
*
主の愛に押し出されるようにして、豊作が告げられる故郷に向かってナオミは歩き出します。一人ではありません。モアブ人の二人の嫁も一緒でした。
しかし、ナオミは程なく嫁たちに言うのです。「慣れない所に行くよりも、実家へお帰りなさい」と。「あなた達のために、主は、きっと再婚の道を備えて下さるはずだよ」と伝えた。
モアブ人の女がベツレヘムに行って幸せになれる姿が、どんなに祈っても思い浮かばなかったからです。ルツが口づけをした時、嫁たちは声を上げて泣きました。そして、「お母さん、どうか、私たちをご一緒させてください」と迫ったのです。
*
しかし、ナオミは二人に厳しく臨みます。
「あなたたちより私の方がはるかに辛い」と。
ナオミは、「モアブの野での不幸は、神の手によるもの。あなた方にはそれが分かっていない」とまで言い切った。
*
ルツ記はナオミの物語でもあります。
不幸の真っ只中で、ナオミが心配をしたのは嫁たちの身の振り方でした。彼女たちにとって異教の地となるベツレヘムは、決して夢のある約束の地ではないからです。
しかし嫁のうち、ルツは、主への信仰に立って生き抜く決心をするのです。end

2025年10月5日
『 モアブ それは憐れみの予兆 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。(ルツ記1章1節)
「ルツ記」は旧約におさめられる珠玉(しゅぎょく)の短編小説のような書です。しかし、1章1節に示されている内容は丁寧に考える必要がある情報が詰まっています。
ここで「ルツ記」の直前に置かれている「士師記」最後のみ言葉・「そのころ(=士師の時代)、イスラエルには王がなく、それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた。」(士師記21章25節)にも目を向けておくことは大切です。
ルツ記が「士師が世を治めていたころ」と記したのは、それを記さずには居られなかったからです。
*
荒れ野の40年を経て約束の地カナンに到着した神の民イスラエルは、200年余りの間、実は「神への背き」⇒「神の怒りと裁き」⇒「民の苦しみと助けを求める叫び」⇒「士師の選びと敵との戦い」⇒「士師の死と民の背き」というパターンを幾度も繰り返していたのです。
また、ルツ記が伝える「飢饉(ききん)」は天候不順が理由の危機を意味しません。神の裁きの一つの現れとして「パンの家」の意味がある「ベツレヘム」を旅立たねばならない皮肉な事情も告げるのです。
*
きょうここで特に心を向けたいこと。それは、一家が「ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ」という言葉の中の「モアブ」です。
士師の時代にも「モアブという地」と「モアブ人」には重要な意味がありました。ベツレヘムに近い「エリコ」は、神の民イスラエルがモーセの後継者ヨシュアに導かれる中、打ち破らなければならない要塞(ようさい)都市でしたが、今度はイスラエルが治めるようになったエリコに攻め入ってきた民族がモアブ人だったのです。
*
神さまは「エフド」という士師(士師記3:12以下参照)を立て、制圧の後、「80年」というもっとも安定した平和を得ることが出来た記録があります(士師記3:30)。
ところが「モアブ」には実に複雑な過去があります。
何よりモアブの起源は、神の民イスラエルの創始者的な位置にあるアブラハムの甥ロトとその長女の間に生まれた子に名付けられた名前なのです。
創世記19章36節以下に、「こうしてロトの二人の娘は、自分たちの父によって身ごもった。長女は男の子を産み、その子をモアブと名づけた。彼は今日に至るまでモアブ人の父である。」とある通りです。
ソドムの滅亡後、ロトとその娘たちは山の洞穴に隠れ、孤立の中で、「子孫を残す」という歪(ゆが)んだ願いから、父と娘の関係を超えたのです。そのような事情があるのがモアブなのです。
*
モアブ民族の始まりには、人間の罪の歴史が刻まれています。
にもかかわらず、神さまはモアブを完全に退けることはされません。ここには「神さまの憐れみの予兆」があります。しかも知っておかなければならないのは、モーセの律法の大切さが語られる申命記23章4節に「……モアブ人は主の会衆に加わることはできない。十代目になっても、決して主の会衆に加わることはできない。」とまで書かれていることです。
そのことが分かっていながら、エリメレクとナオミの一家は、二人の息子と共に豊潤な地としても知られたモアブに向かった。そうするか生きる道がなかったからです。
*
一方で、約束の地カナンを目前にしながらヨルダン川を渡ることが許されなかったのがモーセでした。
聖書はこう告げています。「主の僕モーセは、主の命令によりモアブの地で死んだ。主は彼をモアブの地にある谷に葬られた。」(同34:5~6)と。「再びモーセのような預言者は現れなかった」とまで言われるようになるモーセの地上の歩みの終わりが「モアブ」だったのです。
*
人間の罪が始まった場所に神の僕モーセが眠るのです。そしてまた、ロトとその長女の関係から生まれた民族がモアブでした。そこには人間の罪の影が刻まれています。
しかし、神さまはその地を忌むべきものとして退けることをされなかったのです。
一縷の望みをもってパンの家を旅立った一家の第一歩を告げるルツ記1章1節は、神による救いの道の扉が開かれたことを証ししています。end

2025年8月10日
『 徴税人マタイに倣うなら 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
イエスは、そこから歩いて行かれる途中、収税所に座っているマタイという人をご覧になって、「私に従いなさい」と言われた。すると彼は立ち上がりイエスに従った。 (マタイによる福音書 9章9節・森個人訳)
クリスチャンの誰もが経験していることがあります。イエスによる「招き=calling(*コーリング)」です。「そうか、あの時だったのか」と後(あと)で気付くことも少なくありません。
イエスさまは、「ご自分の町・カファルナウム」で徴税人マタイのことを何度も見かけていたはずです。深い祈りをもってその時を待ちました。「私に従いなさい」と語りかける時を。
*
直前に中風の人の物語があることはマタイの召命と連動しています。
中風の人に対する「あなたの罪は赦されている」(9:2新改訳他)は、マタイのためにも語られた言葉でした。
*
マタイは収税所に座り続けていた人でした。しかし彼はイエスの招きに応えたのです。それが聖書では、「立ち上がってイエスに従った」と表現されています。忘れてはならないことがあります。
*
キリスト者にとって「従う」ことが究極の目的ではないことです。パウロは「私がキリストに倣う者であるように」(第一コリント書11:1)と語っています。
*
私たちも立ち上がって従い、学び、倣うのです。マタイにおいてイエスさまが従うことを求められるときセットになっていることも知りたいと思います。
それは「自分の十字架を担う」(10:38、16:24)ことの求めです。それが主イエスの道を生きることなのです。
*
マタイはイエスさまを自分の家に招きました。徴税人や罪人の仲間たちが多くやって来た様子が描かれています。その当時、罪人の烙印を押されていたのが彼らです。
ファリサイ派の人たちは不満を露わにします。ブツブツ言うのです。
*
ただ、私はそれ以上に、行間にあるマタイと仲間たちの微妙な空気が気になりました。
マタイはこのあと10章の初めに記されている通り12弟子の一人となって行く人物です。他の徴税人や罪人たちは、心底喜んで送り出したのか、と言うと違うと思います。
*
その後のマタイ。彼が主の僕として生き抜こうとするとき、常に仲間たちのことが心にあったはずです。
主イエスの福音は、全ての人のものなのだという、たゆみのない祈りが。end

2025年8月3日
『 資格のない者への福音 』 牧師 森 言一郎
【 聖書 】
百人隊長は答えた。「主よ、あなたを私の屋根の下にお入れする資格は私にはありません。ただ、ひと言を下さい。そうすれば私の僕(しもべ)は癒やされます。(マタイによる福音書 8章8節・森個人訳)
イエスさまの前に僕(しもべ)の救いを求めて進みでた百人隊長は「異邦人」でした。当時のイスラエルにおいて「異邦人=罪人」でした。
*
直前のマタイ福音書8章1節以下に「重い皮膚病の人」がイエスさまの前に進み出て、手を差し伸べられて癒される様子が描かれます。
実にそのことと根底において通じる場面が百人隊長の物語です。なぜなら、「重い皮膚病の人」も罪人の烙印を押されていた人だからです。イエスの福音は、救いを求める人であれば誰に対しても届けられるものなのです。
*
百人隊長の僕の癒しの出来事が語られるのと同時に、イエスさまはユダヤ人に対しての厳しいお言葉を語られます。
それが、アブラハム・イサク・ヤコブとの正統的な子孫であることを自認するユダヤ人に対しての預言的なお言葉でした。「彼らは歯がみし、泣きわめき、放り出される」と言われたのです。
イエスさまの十字架の死につながっていく裁きの預言ですが、主は語らずにはおれません。
*
果たして、イエスさまが「これ程までの信仰を見たことがない」と語られた百人隊長は何をもつ人だったのでしょう。
彼はこう告白しました。「私にはあなたさまを家にお迎えする資格がございません」と。
*
聖書には「資格がない」という思いを抱いていた人が他にも登場します。
ルカ福音書15章に登場する放蕩息子も、「私は天に対してもお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません」と語りました。
ところがそんな馬鹿息子のための父親は祝宴を開いたのです。
*
イエスさまとの間に深い断絶の溝があることを知っていた百人隊長が、「主よ、あなたをお迎えする資格は私にはございません。しかし、あなたのお言葉がひと言あれば私の僕は癒されます」と告白したこと。
ここには、私たちの礼拝と聖餐(=主の食卓)への招きの原点があることを知りましょう。
ハレルヤ!end

2025年7月27日 牧師 森 言一郎
『 丸太の行方(ゆくえ) 』
【 聖書 】
自分の目に材木が入っているのに、どうしてほかの人の目の中にある、おが屑ほどの小さなごみを気にするのでしょう。(ルカによる福音書 6章41節・リビングバイブル)
私たちが無意識のうちに行っていることの一つに「人のあら捜し」があります。
イエスさまは「人を裁くな」と仰るのですが、リビングバイブルは「人を裁くな」を「人のあら捜しをするな」と意訳します。
また、「罪人だと決めるな」という教えは「悪口を言ったりするな」とするのです。
*
分かってはいるのだけれど、ついしでかしてしまうのが、「あら捜し」・「悪口」かも知れません。
イエスさまはこのような教えを語られたあとに続けられたのが、「ちりと丸太の譬え話」でした。この譬え話は、先にふれた「あら捜し」に通ずるところがあります。
人の目の中にある「塵」や「おが屑」までもが見えるあなた方は、「自分の目にある丸太に気が付かないのか」と言われるのです。
*
現実には「丸太」が人の目の中に入っているはずはありません。ここでの「丸太」は「罪」と置き換える必要がありそうです。
*
イエスさまのこの譬え話は、あなたがたは自分自身の罪に対してあまりに鈍感で、自分に甘く、「甘甘(あまあま)だ」というわけです。
確かにそう言われると、私たちには心当たりがあるのです。
*
イエスさまはそんな私たちに対して、「まず自分の目から丸太を取り除きなさい」と言われます。
それが簡単にできるのかと言うと、いいえ、かなりハードルが高く、難しいのです。「自力で丸太を取り除くこと」はそもそも無理な話なのです。
*
信仰に基づいて考える時、究極において私たちの罪が取り除かれるには何が必要かというと、「十字架」であることは明らかです。
ゴルゴタの丘に立てられたイエスさまを磔(はりつけ)にする十字架は、他の誰かの罪に依るのではありません。
*
わが罪のゆえにイエスさまの贖(あがな)いの死が十字架で遂げられることを認めることができるならば、イエスさまの譬えが目から鱗が落ちるように読み解けるはずです。
ここに神の愛があります。end

2025年6月29日 牧師 森 言一郎
『 誰もが招かれている宴会 』
【 聖書 】
主人は怒って、僕(しもべ)に言った。『急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をここに連れて来なさい。(ルカ福音書14章21節)
併せて読んだ旧約の預言書・イザヤ書55章の冒頭には「来るがよい」という招きの言葉が繰り返されていました。
さらにイザヤ書を読み進めると56章では「異邦人」への招きが語られます。そして60章には暗闇の中に生きる人々への光の到来が告げられるのです。
*
旧約の預言の成就にはキリストの存在がどうしても必要になります。ルカ福音書14章15節以下の大宴会の譬えにはイエスさまの招きがあるのです。
宴会の譬えにより神の国について語る「主人」はイエスさまの分身であることを念頭に置きましょう。主人は「怒って語り始める」のです。語調を変え、表情も変えて語り始めた。なぜでしょうか。
*
随分前から招きを受けていた宴席を断る人ばかりでした。空席が目立つのです。ひとりは人生最大の買い物=畑を買ったばかりなので・・・と言う。二人目は大事な仕事がと言い、三人目は結婚したばかりでそちらが大事ですと伝えて来た。
*
ルカ福音書の文脈を確認しておきます。9章51節でイエスさまは表情(顔)を固められてエルサレムに向けて歩き出しています。その前には受難予告も既に二度語っておられる。
つまり、命懸けの招きがここにはあったのです。招きを断った人たちは、また次の機会があると思ったのでしょう。
*
一方で、無理矢理にでも呼んできなさいと言われた人々は、イエスの宣教の目的が宣言されたルカ福音書4章のナザレ会堂でのイザヤの預言の成就の説教とピタリと重なるのです。
彼らは社会の周縁に置かれている人達であり宴会に着くには誰かの助けが必要でした。イエスさまによる神の国作りは世の常識を覆すものなのです。
*
イザヤは55章でこうも預言しています。「私の道はあなたたちの思い描く道とは異なる」と。
我々は宴会という名の礼拝にいつも招かれています。どう応えながら生きて行くのかで人生は決まります。end

2025年6月22日 牧師 森 言一郎
『 大路と小径(おおじとこみち) 』
【 聖書 】
主よ、あなたの大路(おおじ)を私に知らせ、その小径(こみち)を教え、その真理によって導き教えたまえ。(詩編25篇4節~5節前半・私訳)
詩編25篇4節は、私たちに「道」について考えることを促します。聖書 新共同訳では「主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道を教えてください」となっています。
「道」が二度出て来るのですが、二つの「道」の違いがそのままではわかりません。
*
しかし、聖書の原文を確かめ、幾つもの日本語訳を較べてみますと「道」は二つの異なる言葉が用いられていて、意図的に使い分けがなされていることに気付くのです。
文語訳や口語訳では最初の「道」=原文「デレク」を「大路(おおじ)」と訳します。これは端的に申し上げるなら「万人の救いの道」と理解できます。イエス・キリストの十字架と復活という王道です。
二つ目の「道」=原文「オーラハ」はバルバロ訳や新改訳などは「小道」、文語訳は「径(みち)」としています。
*
考えてみますと、我々が歩んできた道は太く立派な一本道ではありません。
むしろ、「小道」「脇道」というものが実に多いのではないでしょうか。
「道端」で立ち止まり、「裏道」を進み、十字路や三叉路(さんさろ)で、進むべき「道」に悩んだのです。
*
主イエスの先駆(さきが)けとなった洗礼者ヨハネは「主の道を整えよ」と荒野で声を上げました。
イエスさまは万人の救いのための「大路(おおじ)」を明らかに示されるために、敢えて「小径(こみち)」を進まれたのではないかと思うのです。
*
ヨハネ福音書4章に記されるサマリアの女の物語に示される主イエスの道の選び方は実に不思議です。
イエスさまは、世の人々が往き交(いきか)うヨルダン川沿いの道を進まれなかった。ユダヤ人が忌み嫌っていた「サマリアを通らねばならなかった」というのです。
そこにこそ、主が出会う必要のある人が暮らして居たからです。それが「サマリアの女」と呼ばれるようになる無名の人でした。
人目を避けて生きたいと願っていた女は、脇道に入って来られたイエスによって永遠に渇くことがない命の水を飲むことができたのです。
*
「小径(こみち)」に入って来られたイエスに出会う人は真理の道を宣べ伝え始めます。end

2025年6月8日 牧師 森 言一郎
『 聖霊によって 燃え始めた人 』
【 聖書 】
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(使徒言行録 2章3~4節)
聖霊降臨は教会の始まりの出来事です。「炎のような舌が一人ひとりの上に留まり」、弟子たちは聖霊に満たされ知識もなかった外国語で語り始めたのです。
これは神が、国・民・言語を越えて語りかけようとされる徴(しるし)でした。
*
この時、過越祭(すぎこしさい)から五旬祭(ごじゅんさい)に掛けて二ヵ月近くにわたって巡礼のためエルサレムに逗留(とうりゅう)していた律法に忠実な外国育ちのユダヤ人たちが居りました。
人々は驚き怪しみます。
「彼らはガリラヤの人ではないか。なぜ我々の生まれ故郷の言葉で神の偉大な業を語るのか。朝から酒に酔っている」。この出来事こそ、神が隔たりを越えて直接語られることの象徴でした。
*
使徒言行録2章は私たちに問い掛けてきます。
今年は戦後80年の節目の年です。かつて日本は東アジア諸国において、まことに罪深い侵略の罪を冒しました。戦後80年の今を生きる私たちにはキリスト者として自覚が必要です。
罪人である自分と傷ついている自分を知りましょう。聖霊降臨のこの日に、聖霊によって和解の言葉、赦しの言葉、共に生きる希望の言葉を携えていく者へと変えられるのです。
*
燃える思いが「炎のような舌と風」によって降(くだ)り、新しい言葉が与えられる時、人の心を解き放ち、傷を癒し、隔てを超えて「友」とする和解の「言(ことば)」が宿るのです。
「言(ことば)」とは主イエスです。そのことを信ずる者たちの生きる道に聖霊は働き、教会は本物になっていきます。
*
隣人関係を様々に壊してしまっていることを自覚できるのが私たちクリスチャンです。
約束の聖霊をくださった主は言われます。「あなたの息子や娘は預言し、若者は幻を見、年寄りは夢を見る」と。
聖霊が注がれる者は、未来に希望を語る者へと造り変えられていきます。聖霊降臨は昔話ではなく、今の私たちの福音の出来事なのです。end

2025年6月1日 牧師 森 言一郎
『 キリストの昇天と私たち 』
【 聖書 】
こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。(使徒言行録 1章8節)
復活のイエス・キリストは弟子たちに40日間にわたってお姿を顕(あらわ)されました。
弟子たちからすると、「今日が40日目だからそろそろ」と数えていたわけではないのです。後(あと)で冷静に数えてみたら40日が過ぎていた。
*
キリスト教会はこの事実をしっかりと記念することの大切さについて気付いたのだと思います。だからこそ「昇天日」を教会暦の一つに位置付けるようになりました。
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天に昇られたイエスは「神の右の座に着かれた」と明確に記しているのはマルコ福音書16章19節です。
さらに、使徒信条においても「三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に坐したまへり」と告白しているのです。
*
キリストの昇天は弟子たちに恐れを抱かせた面があると思います。しかし、教会はキリストの昇天を「ハレルヤ」と賛美すべきことだと考えるようになって行きます。
突き詰めて言うならば、これぞ神のみ業であり感謝だ!ということに辿(たど)り着くのです。
*
弟子たちはイエスさまから明確な伝道についての希望の言葉を預けられています。使徒言行録1章8節です。
永井直治先生は「されど聖霊の汝等(なんじら)に到り給ふとき、汝等(なんじら)力を受けん、かくてエルサレム及びユダヤ全国、サマリヤに地の極(はて)にまで、我がために証人たるべし」と訳します。
伝道の命令です。同時に「あなたがたは大丈夫だ」という主イエスの信頼があるのです。
*
もう一つ、弟子たちは、「心を合わせて、熱心に、一つになって祈りを合わせていた」と記されます。
主のお姿が見えなくなったことは厳しく寂しさも覚える現実でしたが、その中にあって弟子たちによる「最初の祈祷会」が行われていた。
*
聖霊降臨はオートマチックに起こるものではないのです。弟子たちの側に準備が必要でした。
弟子たちは祈る群れとなって行った。その差し迫った信仰の現実の中でこそ約束の聖霊が降るのです。end

2025年5月4日 牧師 森 言一郎
『二人は闇に向って走りだした』
【 聖書 】
二人は互いに言った。「道々、聖書を説き明かしながら、お話しくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」(ルカ福音書 24章32節 聖書協会 共同訳)
エマオに向かう二人の旅人は混乱していました。一人はクレオパ、もう一人は無名の人です。イエスさまの72人の弟子たちの中の二人かも知れません。
*
二人はローマによる支配からの解放を成し遂げてくれるのはこの方だと信じ、イエスに期待を寄せていました。
単純に悲しんでいるのではありません。思いは複雑で、はげしく論じ合っていました。祭司長らユダヤ当局からの「番兵が寝ている間に弟子たちが盗んで行った」のフェイクニュースへの苛立ちもあったかも知れません。それに、復活の報を届けてくれた女達が嘘をついていたとも思えないのです。
*
しかし、隠れ家に身を寄せていた11人の弟子たちは「たわ言」として相手にしません。じっとしていられなくなったペトロが墓に向かいましたが、彼もまた驚きながら戻って来て「墓には亜麻布しか無かった」と言うだけでした。
見切りを付けた二人は歩き出しますが、彼らの目は完全に遮(さえぎ)られていました。
見えないのです。旅人となって近づき、寄り添い、話を聴き、聖書全体を説き明かして下さるイエスが歩きながらそこに居られたにもかかわらずです。
二人の旅人の姿は「私たちの道」に重なります。
*
決定的な転換点が突如訪れます。
無理に引き留めたイエスが食事を共にされ、パンを裂き、賛美と祈りを捧げた瞬間でした。
二人の目が開かれたのです。
*
彼らの新しい信仰の旅の始まりを告げたのは「パン裂き」でした。そして思い起こすのです。道々説き明かされた聖書全体をイエスさまと共に歩んだ日々に重ねた時、見えたのです。わかったのです。
二人は夜道にもかかわらず走り続けます。「主は甦った!」という福音を伝えるために、外灯もない暗い道でも、何の恐れもなく、燃える心で、息を弾ませ、心を弾ませ、彼らの現場に向かった。
私たちも「聖書全体を」主に導かれて読みましょう。道は必ず見えて来ます。end

2025年3月30日 牧師 森 言一郎
『 友よ と呼んでくださるイエス 』
【 聖書 】
イエスを裏切ろうとしていたユダは、「私が接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と、前もって合図を決めていた。 (マタイ福音書 26章48節)
イエスさまがオリーブ山でのお祈りを終えられたのは朝に近い深夜のことでした。
主イエスが、「立て、行こう、見よ、私を裏切る者が来た」と言われたとき、弟子達はようやく目を覚まします。目の前に「剣や棒」を手にした者たちがやって来たからです。
*
「剣や棒」とはこの世的な力を象徴するものです。何より彼らの全身に力が入ったのは仲間のユダがそこにいたからです。
塚本虎二先生の訳では、ユダが「いきなりイエスに近寄って、「先生、御機嫌よう」と言って接吻した。」とあります。対するイエスさまは身構えるのでもなく、弟子たちに合図を送って助けを求めるのでもない。「友よ、しようとしていることをするがよい」と言われた。
*
ご自身を引き渡そうとしている者に対して「友よ」と呼ばれる。
ここにはイエスの愛の本質が見えます。裏切り者を受けとめ抱擁される。
*
もう一点、「弟子達は皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」ことを確かめましょう。
ペトロとて「遠く離れて主に従った」に過ぎません。何があっても私は先生を見捨てることなどいたしません、と競い合っていた彼らが、あることに気付いてしまったのです。
*
それはイエスさまが、「聖書の言葉は実現(*=「成就」)されなければならない」と語られたことに直結します。
彼らはイエスさまが「本当に死を覚悟されている」ことを悟ったのです。
その瞬間、「復活したらあなた方より先にガリラヤへ行く」と言われた主のお言葉が腑に落ち、恐くなった。
*
弟子達はとんでもない大嘘つきなのでしょうか。
否(いいえ)、人間とは正にこのような存在なのです。逃げ出す者達の中にあなたの姿も見えます。end

2025年3月23日 牧師 森 言一郎
『 ゲッセマネの園にて 』
【 聖書 】
「父よ、できることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください。しかし、私の願いどおりではなく、御心のままに。」(マタイによる福音書 26章39節)
弟子たちを伴ってオリーブ山に向かうイエスは立ち止まって語り始めます。
とりわけ、「私は復活した後に、あなたがたより先にガリラヤへ行く」と言われたイエスさまのお言葉は心に刻みたいのです。
*
ガリラヤで待っているイエスは、ご自分を見捨てることになる弟子たちを受け入れて下さる、ゆるされるという内容だからです。
この時のペトロからすると、そんなことは決してあり得ないことでした。
だから、「この私だけは、何があってもあなたを見捨てることなどあり得ません。ご一緒に死ぬ覚悟が出来ています」と言い切った。
*
ゲッセマネで祈られるイエスさまは弟子たちのところに三度来られます。彼らは完全に眠りこけていました。
が、そんな彼らに対して「お願いだ、私と共に祈っていてくれ」という思いを伝えているのです。
*
「死ぬばかりに悲しい」と仰るイエスさまは一緒に祈っていてくれる弟子を求めておられたのです。
ここには人としてのイエスのお姿があります。まことの神にして人であるイエスです。
*
今年のレント、私は新たな気付きが与えられました。
ディートリッヒ・ボンヘッファーという牧師がナチスドイツに抵抗して入れられた獄中で作った賛美歌に「善き力にわれ囲まれ」(21-469)があります。
その3節にボンヘッファーがやがて迎えるであろう理不尽な死を目前にしつつ、実は誰よりも先ずイエスさまが、「たとい主から差し出される杯は苦くても、恐れず、感謝をこめて、愛する手から受けよう」と祈られたお方であることを歌っていることに気付いたのです。
*
人生、悲しく辛(つら)いことが起こります。
でも喜びをも満たして下さる時がやがて来ることに私たちは望みを持ち続けたい。end

2025年3月16日 牧師 森言一郎
『 居なきゃならない 主の晩餐 』
【 聖書 】
一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。(マタイ福音書26章21節)
*
「主の晩餐」とも呼ばれる「聖餐式」の起源はどこにあるのかと言いますと、「過越の食事」にさかのぼります。
ユダヤ教徒は昔も今も「過越の食事」を春のこの時期に大切に守り続けています。家族で守るのが特徴です。絶対に欠かせない食事です。
聖書的な裏付けは出エジプト記12章で、奴隷状態の民がエジプトから解放されるのです。エジプトに襲いかかる災いが主の民の上を通り過ぎました。
*
イエスさまは十字架につけられることになるその直前にエルサレムのとある部屋で「過越の食事」を始められました。
ところが、思いがけないことが起こったのです。食卓を囲んだ弟子たちに向ってイエスさまは「私を裏切る者がこの中に居る」と言われたのです。
*
弟子たちは即座に否定します。ただしイスカリオテのユダの様子が違ったことを聖書は知らせます。
「汝(なんじ)は言えり」(永井直治訳)とイエスさまは宣言された。
*
伝統的な仕方で過越の食事は始まったはずです。
ところがイエスさまは定められていた式文に無いことを語り始めたのです。パンを裂かれる時、「これは私の体である」と言われます。
ぶどう酒の杯を高く上げた時には、「皆、この杯から飲め。これは罪が赦されるように、多くの人のために流される私の血、契約の血である」と言われた。
*
イエスを売るイスカリオテのユダはこの場所に最後まで居合わせたのでしょうか。私は居たと読みます。
これは「罪人のための食卓」だからです。主の晩餐の意味を弟子たちが悟るには十字架と復活が必要でした。
*
私たちが罪人の自覚もってみ言葉を信じ、キリスト・イエスのお言葉の元でこの食卓に与(あずか)り続ける時、そこには救いと祝福があります。end

2025年3月9日 牧師 森言一郎
『 彼女は 何を捧げたのか 』
【 聖書 】
さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。(マタイ福音書 26章6~7節)
*
ユダヤ人にとって最重要な祭である「過越祭」が2日後に迫っています。「人の子は、十字架につけられるために引き渡される」という受難予告のお言葉が漏れ伝わっている時期でした。
*
時を同じくして、エルサレムから10㎞離れたところにある「ベタニア」にイエスさま一行がおりました。場所は「重い皮膚病の人シモンの家」でした。
エルサレムは喧騒に満ちていましたがシモンの家には全く別の時が流れています。イエスさまがそこに身を置いている意味は小さくないのです。
「王なるイエス」がいつも身を寄せていたのが汚れた病である重い皮膚の人シモンの家であることはユダヤの権力者たちにとって躓きです。
*
この時、極めて高価な油の入った壷を抱えた女もそこに居ました。女は香油をイエスさまの頭から注ぎかけます。彼女にはそこに居合わせる必然がありました。
小さな問答を経て弟子たちは叫びます。「なんて馬鹿なことをするんだ。これだけの量の香油はひと財産だぞ」と。彼女がここまでどのように生きて来たのか、その背景は不明です。何のために蓄え続けてきた香油なのかもわからない
のです。
*
一方、女にとっては、イエスさまがシモンの家に身を寄せていることだけでも大きな福音です。彼女はイエスさまの死の予告の言葉を知っていたのだと思います。
女はイエスさまが死を迎える日がそこまで来ていることを知っていたからこそ、イエスさまのために香油を注ぎ出したかったのです。
*
彼女にとって油は単なる油ではなく命であり主への愛、否、全てでした。
その生き方は世界各地で記念され続けています。さて、私たちは何を捧げましょう。end

2025年3月2日 牧師 森言一郎
『 主よ、我を救い給え 』
【 聖書 】
だが、強い風を見て恐れ、溺れはじめ、叫んで言った、「主よ、我を救い給え」。(マタイによる福音書 14章30節・田川建三訳)
イエスさまは弟子たちを「強いて」舟に乗せられ、向こう岸へと向かわせます。
ご自身は一人山に登られ祈りの時を過ごされるのです。弟子訓練です。
*
沖に出た弟子たちの舟は程なく強い風のため逆巻く波に悩まされはじめます。
同じ場面を描くヨハネ福音書では「二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出した頃」とし、その距離およそ5㎞だと記録します。
弟子たちはイエスさまが居られる山からかなり離れた所にいるわけです。
*
「舟」が「教会」を意味するものだと考えるならば、教会の置かれている状況は順風満帆ではなく逆風の中にあったのだとも読めます。時に私たち一人一人の信仰生活も実にしばしば世の風に悩まされ、惑わされることに遭遇することを暗示します。
*
波と風との格闘に疲れ、命の危機を覚悟し始めていた弟子たちは、明け方近く、湖の上を歩いてくるイエスを見たのです。
主は言われます。「恐れるな、私だ」と。
信じて安心したペトロは、「私に歩いてあなたの所に行けるように命じて下さい」と言うのです。
*
するとペトロは「来なさい」のお言葉をイエスさまから受けたのです。そしてペトロも湖の上を歩き出し、イエスの方に進んだのです。
ところが、イエスさまから目を離し風に心奪われた瞬間に溺れはじめました。
ペトロは叫びます。「主よ、我を救い給え」と。その時既に、ペトロは主の手に捉(とら)えられていました。
*
ペトロは信仰の英雄ではありません。信仰の薄さ、頼りなさ、小ささを隠せない人物であり、何度も何度も恥をかく人間です。
しかしそんなペトロを、主は愛されていることを聖書は告げています。end

2025年2月23日 牧師 森言一郎
『 キリストの教会であるために 』
【 聖書 】
あなた方はキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。(第一コリント書 12章27節)
*
パウロは「あなた方はキリストの体である」と言います。しかも誰もが「その部分」だというのです。私たちは独りぼっちではありません。
やさしい言葉を使う英訳聖書『Today's English Version』では、コリント前書12章27節が「All of you are Christ's body, and each one is a part of it.」となっています。
*
「キリストの体」という表現は、ローマ書12章4節以下やエフェソ書1章22節以下でも語られておりパウロの「教会論」の特徴です。
特に意識したいのは、教会の「頭(かしら)」とその「かなめ石」はイエス・キリストだという点です。
*
子どもたちにも伝わる言葉で記されている『子どもと親のカテキズム』(日本キリスト改革派教会大会教育委員会)があります。
問44では「教会の交わりの中で養われる私たちの「使命」は何ですか」という問を立てます。
その答は、①福音宣教・伝道、②困っている人を助ける(隣人となる)こと、③大地を治めること(生態系の保全に努める)とします。
*
私たち、明確な「使命」が与えられていることは実に幸いです。「特別の意識や目的を持たないまま」漫然と過ごしていてはもったいない。
人は少し高い意識で目的をもって生きることが出来ている時、充実してきます。その原点にあるのが礼拝です。
*
さらに上のカテキズムでは、問46で「礼拝で私たちは何をするのか」という問を立てます。
その答として、「①神をあがめ、神さまを喜び、賛美します。②聖書朗読と説教をきき、聖礼典をお祝いします。③お祈りをし、賛美歌を歌い、信仰を告白し、献金をささげ、教会の働きに仕えます。」とするのです。
礼拝とは何かを明確に知ると、私たちの信仰がキリッとしてきます。end

2025年2月16日 牧師 森 言一郎
『 神に近づく時 神は近づかれる 』
【 聖書 】
神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。罪人たち、手を清めなさい。心の定まらない者たち、心を清めなさい。(ヤコブの手紙 4章8節)
*
律法の規定が事細かに記されているのがレビ記です。レビ記16章には「贖罪」についての教えがまとめられています。その16章の最後(16章32~34節)には、特別に任じられた祭司だけが、それも年に一度の定められた時に儀式を執り行うことで罪の赦しの儀式が完了すると記されています。
*
つまり、神さまは近づきがたい存在であることが示されているのです。ところが、私たちが読んでいるヤコブの手紙には「神に近づきなさい」とあるのです。
その教えは今を生きる我々への教えでもあります。一体どのようにしたら私たちは神に近づくことが出来るのでしょう。
*
ルカ福音書18章に徴税人とファリサイ派の人の祈りの譬え話があります。
徴税人は遠くに立ち、「神よ、罪人の私を憐れんでください」と祈るだけなのですが、イエスさまが真実な礼拝者としての祈りを捧げたのは、あれやこれや自信満々に祈ったファリサイ派の人ではなく徴税人だったと教えられました。
徴税人は神から遠く離れた所にしか立てない自分の罪深さを認めていた人です。
イエスさまはそのような人こそ、神のみ前に裸で進みでて、そのへりくだりが認められた者だと教えられるのです。
*
イエスさまが十字架上での死を遂げられた時、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けたと記されています。
神殿の中心部に進みでなくとも人は神に近づける、まことの礼拝の道が開かれた瞬間でした。
*
ルカ福音書15章の放蕩息子のことも思います。彼は遠い国でボロボロになり、罪人の情け無い自分をさらけ出す決意をもって故郷に戻ってきました。
待ち続けていた父親はそんな彼に自ら走り寄ったのです。end

2025年2月9日 牧師 森言一郎
『 嵐の海で 叫んだ弟子に学ぶ 』
【 聖書 】
しかし、イエスは艫(とも)の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、私たちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。(マルコ福音書 4章38節)
*
イエスさまの弟子として育てられていくその途上には色々なことがあるものです。
1章35節以下には、朝まだ早く暗いうちに一人起きてお祈りしているところに弟子たちがイエスさまを呼びに来る場面があります。彼らは祈るイエスを知っていました。それもまた彼らを育てる教育となったのです。
*
12弟子をお立てになった時、イエスさまは彼らをご自分の側に置くことも大切にされた、と記されています。
それはイエスさまが現場教育を重んじられたことを暗示しているのです。
*
マルコ福音書4章の終わりには、異邦人の地デカポリス地方に向かうことを意味する「向こう岸に渡ろう」との呼びかけがあります。
気の進まない命令の言葉だったはずですが誰一人不満を口にしません。ライバル心もある弟子たち。そんな格好の悪いことは出来ません。
*
ガリラヤ湖は天候が変わりやすいため沖に漕ぎ出した舟は嵐に見舞われます。舟が水浸しになり弟子たちは命の危機に置かれるのです。
肝心のイエスさまは艫(とも)の方でぐっすり寝ておられました。彼らはついに平静を装うことが出来なくなり、「先生、よく平気で居られますね。わしらが溺れ死にそうなのに」と叫びました。
*
するとイエスさまは風と湖に向かって、「黙れ、静まれ」と言われたのです。弟子たちに言われてもよい言葉ですが違います。
弟子たちは驚きます。そしてそれ以来、主イエスのお言葉に天地創造の神を重ね始めたのです。
*
何よりこの場面、彼らがイエスさまに対して叫び求めたことが重要です。
人生に襲いかかる嵐の時に心底叫び求める。はじめの一歩はそんなところにあるのです。end

2025年2月2日 牧師 森 言一郎
『 異邦人の庭のイエス』
【 聖書 】
イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。(マタイによる福音書 21章12節)
マタイ伝21章は柔和なイエスが神殿で激しい態度を取られる様子を告げます。
「宮清め」はヨハネ福音書2章にも描かれます。そこでは、「この神殿を壊してみよ。3日で建て直してみせる」という言葉が記録されていましたが、マタイは少し異なる筆で、主イエスの受難と復活に繋がる出来事を告げるのです。
*
本来「祈りの家」であるべき場所が、商売の家となっていることを激しく警告された時、イエスの心にあったみ言葉があります。それはイザヤ書でした。
イザヤ書56章には、「異邦人にも恵みの業が現れる救いの日は」近く「主の元に集まって来る異邦人が喜びの祝いの礼拝に連なる日が来ること」が預言されています。イエスさまはその預言の成就を示そうとされます。
*
神殿の一番外側に位置するのが「異邦人の庭」でした。「異邦人」は両替商の元でエルサレム神殿で認められる貨幣に両替しない限り規定の献げ物をすることは許されません。
しかし、当時はびこっていたのは両替商たちによるピンハネであり異邦人やそこに近いところに属する人びとを祈りの場所から排除しようとする権力者たちや寄生する人々の思いでした。
*
まるでアダムとエバがエデンの園を追い出された時と同様にエルサレム神殿の商売人たちが追い出されます。
そして、献げ物として売られていた羊や牛も境内から追い出された。その理由はイエスさまご自身が究極の献げ物となるからです。もはや礼拝の時に、動物の犠牲は不要となるのです。
*
十字架の死が成し遂げられた時、神殿の垂れ幕が破れ落ちます。異邦人と神を遮る一切のものが取り去られた瞬間でした。end

2025年1月19日 牧師 森 言一郎
『 主の招く声が聞こえますか?』
【 聖書 】
イエスは、「私について来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。(マタイによる福音書 4章19節~20節)
マタイ福音書4章はイエスさまが悪魔の誘惑を受ける場面から始まります。荒野・神殿・世俗の全てを知り尽くしておられるお方がイエスなのだ、ということが告げられます。イエスさまは私たちの暮らしをよーくご存知のお方なのです。
*
イエスさまが福音を宣べ伝える働きを始められたのは「ガリラヤ」でした。ガリラヤは旧約聖書の原語であるヘブル語の「ガーリル」で元々「辺境」の意味があります。
ガリラヤは地理的に神殿のあるエルサレムから離れているだけでなく、北に位置するためアッシリアやバビロニアなど異邦人と接点がある地域なのです。
*
イエスの第一声、「悔い改めよ。天の国は近づいた」はそんな辺境の地ガリラヤから発せられるのです。イザヤ書8章の終わりから9章の初めにある預言の成就が起こります。
*
イエスさまがその直後に始められたことがあります。ご自身の宣教の働きのために〈共に生きる弟子たち12人〉をお立てになることでした。彼らはイスカリオテのユダを除き、皆ガリラヤで生きて来た人たちでした。
ペトロとアンデレら漁師の兄弟は、「私について来なさい」との招きを受けます。興味深いことに彼らは「すぐに網を捨てて従った」のです。そして、ゼベダイの子ヤコブとヨハネたちも「舟と父親を残して」主に従うのです。
*
イエスさまに従う旅に出るには手放さなければならないものがあるのです。
私たちも問われています。せっかく招きを受けているのに何も変わらないままの私でいるのではないかと。
イエスさまは十字架の上で全てを手放されるお方です。その主に私たちはどう応えようとしているのでしょう。end

2025年1月12日 牧師 森 言一郎
『上からの知恵と生き方』
ヤコブ書は「全キリスト者への手紙」だと言われます。「全キリスト者」には、当然私たちも含まれるのです。
ヤコブはここで「知恵」の大切さについて考えることを呼びかけます。しかも「柔和」が伴い、さらに「生き方」つまり実践が問われるのです。
*
ヤコブはパウロが強調する「信ずることだけで救われる」という信仰の在り方に危機感を抱いていました。
だから彼は全てのキリスト者に「行い」を問います。
ヤコブが誠実に祈り求めよと記した「上からの知恵」(17節)はこの世的に要領よく賢く実践せよではないのです。
*
最近、小山晃祐(こうすけ)先生(1929年~2009年)の『神学と暴力 ―非暴力的愛の神学を目指して』(2009年・教文館)という本を読む機会がありました。
小山先生は、日本よりも広く世界の方で知られている方です。視野が広く、骨太で、私はこの方は常に本気の牧師だ、と感じました。
*
小山晃祐先生、ある講演でこう語られています。
「一人の人が苦しんでいるとき、イエスさまという方はおろおろされています。そのイエスさまを信じているわたしたちも、一人の魂の苦しみをまえにしておろおろする者でありたいと思うものです」
とあります。
*
ヤコブは17節で「上から出た知恵の元に生きなさい」命じるのですが、ここでの結論的な言葉だと思います。
わがまま病を抱え、自己中心的な生き方から脱出できない私たちに、「知恵」すなわち「神の元」に、すがりついてでも生きなさいということです。
イエスさまも、様々な現場におて、「おろおろされる方」だと知っているならば、私たちはこれからもきっと大丈夫なはずです。end

2025年1月5日 牧師 森 言一郎
『 シメオンに届いた救い』
【 聖書 】
シメオンは幼児(おさなご)を両腕に抱き、こう言って神を賛美した。今こそ、主よ、あなたはこの僕をお言葉のとおり安らかに去らせてくださいます。(ルカ福音書 2章28節~29節 私訳)
場所はエルサレム神殿。
ルカによるクリスマスの物語はシメオンとアンナという老人たちによって締めくくられます。
シメオンは聖霊の導きの元、「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない」とのお告げを受けていました。シメオンは信じて待ち続けて生きてきた人でした。
*
レビ記12章に定められた清めの期間を経て幼子イエスは両親に抱き抱えられて宮詣(みやもうで)したのです。
でも、神殿に居合わせた人の中で、一人として、そこに救い主がやって来たということには気付きません。人知れずことは進んだのです。
ヨセフとマリアも、律法に、『初めて生まれた男の子は皆主に聖別しなければならない』と書いてある通りにイエスを捧げます。ただし、二人の贖罪(しょくざい)の捧げ物はレビ記12章8節にある「産婦が貧しい時」の質素なものだったのです。
*
両腕にしっかりと幼子を抱きしめる老シメオンに再び聖霊が働きます。ヨセフとマリアが何かを告げたわけでもないのです。
でもシメオンは「救い」が自分の胸の中に届いたことを悟りました。突きつめて申し上げるなら、「もう死んでも構いません。その時が来ました」と歌い始めたのです。
*
「人生いかにいくべきか」という問いを私たちは常に抱えています。
が、同時に、「人生いかに死ぬべきか」を考えながら生きることが出来るのがキリスト者であり、与えられている恵みなのです。
*
シメオン同様、私たちも「救い」であるキリストを大事に抱えながら生きて行く存在です。それを週毎(しゅうごと)の礼拝で仕切り直しながら安心して生きて行く旅路を続けるのです。
アンナはその一部始終を見届けて伝道を始めた、最初の女(ひと)でした。end

2024年12月29日 牧師 森 言一郎
『博士たちの旅 私たちの旅』
【 聖書 】
(ヘロデは)こう言ってベツレヘムへ送り出した。「行って、その子のことを詳しく調べ見つかったら知らせてくれ。私も行って拝むから。」(聖書協会共同訳・マタイ福音書 2章8節)
東方の博士たち。彼らは旅人です。私たちは「あなたも旅人なのですか」と先ず問われます。
*
東方の博士たちの登場は福音書の最初の読者であるユダヤ人を驚かせるのに十分でした。
アッシリアやバビロンなどユダヤ人の敵となった国々が在ったのが東方です。東は敵地であり追放の地でした。単に方角を指すのではなく異邦人を意味します。
しかし「福音は東の人を求めている」のです。
*
星に導かれてエルサレムに到着した彼らが口にした、「お生まれになったユダヤ人の王(救世主=キリスト)はどこにおられますか」という言葉は躓きに満ちたものでした。
エルサレムでは決して口にしてはならない言葉を博士たちは恐れることなく発したのです。
*
ヘロデは彼らを秘かに呼び寄せ、平静を装って言います。「行って、調べ、見つかったら知らせよ。私も行って拝むから」と。
しかし、博士たちは「別の道」を通って帰って行くのです。
*
博士たちは日常を手放して旅を始めました。
彼らが東の国から携えて来たのは「宝の箱」です。「宝の箱」に「黄金・乳香・没薬」が納められていた。
これは実に興味深いことです。彼らが救世主=キリストを礼拝する人々のひな型として登場していることを心に置いて考えると、礼拝者としての姿勢について新たに問われるのです。
*
彼らは星に導かれて辿り着いた礼拝の家で喜びと感謝に溢れます。
博士たちは一番大切なものを捧げる人たちでした。宝箱から大切なものを取り出して捧げた彼らは、空っぽのまま家路に着くのではありません。
救いのみ言葉に満たされて「旅」を続けたのです。end

2024年12月22日 牧師 森 言一郎
『 クリスマスのにおい』
【 聖書 】マリアは月が満ちて初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。 (ルカ福音書 2章6節後半~7節)
キリスト・イエスが世においでになった時のことをヨハネによる福音書は1章14節に「言は肉となって、私たちの間に宿られた。・・・それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」と表現します。
実にヨハネ福音書らしい格調の高さを感じますが、実際はどうなのか。
*
神の御子は家畜小屋にお生まれになったのです。置かれたのは「飼い葉桶」です。
干し草に包まれて温かったか、寒風が吹き抜けていたか。はっきりしているのは、どんなにきれいな飼い葉桶でも「におい」があったことです。それは必然でした。
においという文字には「匂い」と「臭い」がありますが、とりわけ我々人間には「におい」だけでなく「くさい=臭い」がつきまとうように思えてならないのです。
*
私は「におう」ということと、家畜小屋にお生まれになった神の御子のお姿は深い結び付きがあると思っています。
「臭い飯を食う」とか「何か様子が変だ、臭うな」という日本語があります。人にはいつも何かしらのにおいがつきまとう。それはその人らしさでもあります。
*
よき知らせを天使の大軍から告げられた羊飼いたちは「さあ、ベツレヘムへ行こう」と話し合い、彼らの生活の座を離れて、「急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた」のです。
彼らの安心には「におい」があったのです。幼子イエスも乳臭かったはずです。
*
彼らは仕事柄・におう人だったと思います。皇帝アウグストゥスの勅令による住民登録にはお呼びがなかった羊飼いたちでした。
でも、飼い葉桶のキリストは彼らを招き導いたのです。end

2024年12月8日 牧師 森 言一郎
『 全能の神 創造の主を信ず 』
【 聖書 】神にできないことは何一つない。(ルカによる福音書 1章27節)
天使ガブリエルがエルサレム神殿に仕えるザカリアに続いて訪れたのはナザレのマリアでした。
当時の結婚適齢期は15歳程。大工のヨセフさんと婚約してからというもの少し背伸びしつつも張り切っていたマリアでした。
*
ところが、彼女がみ使いから告げられたのは、まだ妻となっていない自分が子を宿すという、あってはならない知らせでした。
「どうしてそのようなことが」と答えるマリアにガブリエルは伝えたのです。
「神にできないことは何一つない」と。
*
私は思うのです。
マリアは安息日の礼拝所で幾度も聴いた創世記の最初の言葉を想起したのではないかと。
あの「はじめに神が天と地を創造された」というみ言葉です。
*
マタイ福音書は「ヨセフは正しい人であった」と告げます。
いいなずけのマリアが、「一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった」時、ヨセフは義人だからこそ誠実に悩み、律法に照らして祈り求めたのです。
マリアを少しでも傷つけることのないように求めた末のヨセフの決心が、「ひそかに離縁する」道でした。
*
程なく、彼は眠りに落ちます。その時、夢に天使が現れて告げたのです。
「ダビデの子ヨセフ。恐れずマリアを迎え入れよ。マリアに宿った子は聖霊の働きによるのだ」と。
続いてヨセフが聞いたのは、彼が暗誦(あんしょう)していたイザヤの預言、「見よ、処女(おとめ)が身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」の成就でした。
*
二人には「恐れ」がありました。だからこそみ使いは、「恐れるな」と二人に告げたのです。
讃美歌507番3節に「主に従うことは 何と心強い。恐れのかげ消えて 力は増すよ」とあります。
ヨセフとマリアは、「全能の神・創造の主」に従う道を歩み始めます。
キリストの降誕(こうたん)は、このような二人を欲したのです。end

2024年12月1日 牧師 森 言一郎
『 正しい二人が選ばれた理由(わけ) 』
【聖書】
ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で名をエリサベトといった。(ルカによる福音書 1章5節)
「ガブリエル」という名の御使いがおりました。
ガブリエルが最初に人の前に姿を現したのは、エルサレム神殿に仕える祭司ザカリアに対してでした。
*
ガブリエルがイエスの母マリアに現れたことはよく知られていますが、ザカリアに対しても、驚くべき知らせを携えて来たのです。
「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。ヨハネと名付けなさい」と。
実に、クリスマスの出来事の扉は、ここからじわりと開き始めるのです。
*
ザカリアとエリサベトの二人は神の前に正しい人と認められる程、落ち度のない暮らしを続けて来た人達でした。
けれども、祝福の源である子どもが与えられないまま老人となったことは言葉に言い表せない悲しみでした。
エリサベトは「石女(うまずめ)」の自覚を持っていましたし、「恥」をまとって生きていたのです。
*
しかし、その恥が取り去られる日が来る、というお告げが届いたのです。
それがキリストの先駆けとなる洗礼者ヨハネの誕生でした。
この良き知らせは、掟や戒めに忠実であることの延長線上に与えられるものではないのです。
*
ここには、旧約の民が抱(いだ)いて来た祝福の枠組みとは根本的に異なる驚きの出来事の始まりがあります。
聖書は私たちに対しても、あなた方の既成概念を捨てて、「高く戸を上げよ」「門をあけよ」「心を開いて喜びの出来事を迎えよ」と告げています。
彼ら二人は、我が子ヨハネが生まれ来る先に何が起こるかを知りませんでした。
私たちも、期待をもってその先の出来事を待ちたいと願います。end

2024年11月3日 牧師 森 言一郎
『 あなたにも一デナリオン 』
【 聖 書 】
そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。(マタイによる福音書 20章9節~10節)
「ぶどう園の労働者の譬え話」は直ぐに納得できません。
早朝の6時頃から夕方の6時まで汗水流して働いた人と、午後5時から、わずか1時間だけ働いた人の受け取る報酬が同じ「一デナリオン」だというのです。「一デナリオン」は日雇い労働者の一日の平均的な賃金でした。
*
私たちが朝6時から働いていた人だとしたら、押さえようのない怒りが沸々とわき上がってきたはずです。
ただし、この人は、朝6時の時点で、「今日は大丈夫」という安心がありました。何より、夕方になれば、一デナリオン貰える約束を受けていたのです。
*
ぶどう園の主人に声を掛けられないまま夕方5時までそこに立ち尽くしていた人は、9時、12時、3時にぶどう園に向かった人の後ろ姿を恨めしく思い、家族の顔を思い浮かべるとうつむいてしまっていたはずです。
「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか」と問われた時、「雇ってくれる人がいないのです」と答えるしかなかった。
*
ここでの「主人」とは神さまのことなのですが、この「主人」は広場に残された人が居ることがお嫌いなのです。
「私はこの最後の者にも、あなたがたと同じように支払ってやりたいのだ」と断言します。
今日、この礼拝堂にあぶれている者はいないかを探しに来て下さるのが私たちの神さまです。
私たちはいつでも、最後の者になり得る存在であり、今、人生の夕暮れ時を生きているのかも知れません。
*
でも私たちも今、神さまが主人であるぶどう園に身を置いているのですから、最後の者になってしまう私たちにも、「一デナリオンという名の恵みと祝福」が約束されています。end

2024年10月20日 牧師 森 言一郎
『徴税人の祈りに倣うなら』
【 聖 書 】
徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人(つみびと)の私を憐れんでください。』(ルカによる福音書 18章13節)
「ファリサイ派と徴税人の譬え話」はルカによる福音書だけに記されているものです。
譬え話の形態をとってはいるのですが、日頃からイエスさまの目の前でこういうことが起こっていたのではないか、と感じるような話の展開があります。
*
譬え話が語られる前提として、「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対して」とあります。
山浦玄嗣(はるつぐ)先生は、「御立派なのはおのればかりで、他の者どもは皆屑(くず)だと思って見下げている方々がござった」としています。
*
この「御立派な人」とはファリサイ派の人です。
この人が「感謝の祈り」を捧げていることは実に興味深いことです。
「私はほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。」と祈るのです。
何と嫌らしい人でしょう。
*
イエスの譬え話は、「そんな馬鹿な話はないだろう」と思うような結論が示されるのが常です。
ここでもそれが貫かれます。
義人としての自覚をもっていたファリサイ派の人ではなく、当時の社会において罪人(つみびと)の烙印(らくいん)が押されていた徴税人の在り方と祈りが「義」とされた。
*
神の国から最も遠い所に生きている、ということを自覚していたがゆえに、遠くに立ち、胸を打ちながら、ただ、「神様、罪人(つみびと)の私を憐れんでください」としか祈れなかった徴税人。
この人が神の国に相応しい者とされました。
*
皆さん。徴税人は、ただ憐れみを求めた人ではないのです。
「罪人(つみびと)の私を」と祈っている。
救いの原点とされる告白がここにはあるのです。end

2024年10月13日 牧師 森 言一郎
『 神の似姿に創られた者として』
【 聖 書 】
わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。(ヤコブの手紙 3章9節)
ここでヤコブが取り上げるのは「舌」です。
少し前には、「舌もまた火です。舌は、私たちの体の器官の中で、不義の世界を成しています」(聖書協会共同訳)と書かれています。
その「舌」が実にしばしば、コントロール不能に陥るのです。
*
ただし、「舌」は単独で機能しているわけではありません。
「言葉」を発するために「口」の中に「舌」があります。さらに、「舌」を動かすのは私たち人間の「心」であり「魂」なのです。
*
「舌」をもたない人は一人も存在しません。
ヤコブは、私たちも含む手紙の読み手に対して、言葉数はなるべく少なく、常に控えめな人として生きることを求めているのでもありません。
ましてや、「完全であれ」と求めているのでもないことを知りましょう。
むしろ、出来ない者であることを心底認めようではないか、と語っているのです。
*
パウロはヤコブとは正反対の位置に立つキリスト者だと考えられがちですが、ローマ書3章10節に、「正しい者はいない。一人もいない」と記したことを思い出しました。
罪人ではない者は、世に一人も存在しない、と率直に認めているのです。
*
『ハイデルベルク信仰問答』はその冒頭で、「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか」と問います。
答はこうです。
「私たちが、体も魂も、生きるにも死ぬにも、真実な救い主イエス・キリストのものであることです」と語っているのです。
*
暴れ馬のように制御不能な「舌」をもつのが人間です。
しかし、私たちには、十字架と復活のキリストによる救いがあるのです。end

2024年9月8日
牧師 森 言一郎
『 私の舌は何のために? 』
【 聖 書 】 舌もちっぽけなものですが、使い方を誤ると途方もなく大きな害を生じます。
(ヤコブの手紙 3章5節前半 『リビングバイブル』より)
礼拝の招きの言葉として選んだ旧約の預言書・イザヤ書50章4節は「弟子」と「舌」に注目して聴きたいみ言葉です。
「主なる神は、弟子としての舌を私に与え 疲れた人を励ますように 言葉を呼び覚ましてくださる」とあります。
**************
私たちも主の「弟子」である自覚が必要です。そして誰もが例外なく「舌」を使って行うことがあります。それは言葉を発することです。
聖霊降臨の出来事が記される使徒言行録2章で「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上に留(とど)まった」のは、言葉が発せられて福音を宣べ伝えるためでした。
**************
マルコ福音書7章31節以下も読みました。
耳が聞こえず舌が回らない人の救いの場面です。この場面を他人事(ひとごと)として読んではもったいない。
私たちこそ、聞いているようで聞いていない存在で、神さまのみ心に敵(かな)う形で舌を用いていないからです。
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イエスさまは私たちが聞くべき神の言葉を聞けるように向き合って下さいます。そして、直前にありますように、私たちは「心から悪い思いが出て来る」(21節)存在であることを主はご存知なのです。
だからこそ、清い言葉を発することが出来る「舌」をもつ者になるよう導いておられます。
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その上で考えたいのがヤコブ書3章での「舌」です。
小見出しの「舌を制御する」ということが本質的な課題ではありません。
『讃美歌21』のまえがきに、詩篇102編19節が引用されていることを通して学びたいと思います。「後(のち)の世代のために このことは書き記されねばならない。『主を賛美するために民は創造された』」。
この教えを心に刻むとき、我々の生き方は自(おの)ずと定まります。end

2024年8月25日
牧師 森 言一郎
『 娼婦ラハブはぴょんをした 』
【 聖 書 】
あなたたちの神様はただの神様じゃないわね。きっと、天地を支配なさるお方に違いないわ。
(ヨシュア記 2章11節*リビングバイブル )
当時のエリコは巨大な要塞(ようさい)都市でした。同時に階級社会が歴然と存在していたと言われます。
そんな時代に、その社会の隅っこでもあるエリコの城壁の一角で娼婦の館(やかた)の主人として逞しく生きていたのがラハブです。
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マタイ福音書1章のイエス・キリストの系図の中にラハブの名があります。聖書はキリストとラハブが無縁ではないことを告げています。
そこには福音の糸口があるのです。
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具体的にはラハブは何をしたのでしょう。
先ず、イスラエルの新しい指導者ヨシュアが二人の密偵(みってい)を送り込んだとき、二人が泊まったのがラハブの宿でした。
何日か身を寄せながらエリコを調査していた二人ですが、密告により見つかってしまいます。エリコの王は直ちに調査を命じたのです。ラハブの宿が怪しまれ、探りに来た者たちを前に、機転を利かせたラハブは二人を城外へ逃すのです。
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ラハブの宿には様々な人の出入りがあり、遠くの国での噂話も運ばれてきます。
ラハブは、葦の海(あしのうみ)を干あがらせ、エジプト軍からイスラエルの民を救い出した「主」と呼ばれる神についても伝え聞いていました。
彼女は、エリコの王はもちろん、国中の人々が「主」を恐れていることを知っていました。
ラハブはその「主」に希望をもった人でした。そしてその「主」を信じる生き方を選び取るのです。
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助けられた二人の密偵はラハブへの返礼としてラハブと一族を救う約束をします。
目印となったのが窓からつり降ろされたロープに結ばれた真っ赤な紐(ひも)でした。
それが、イエスさまの十字架の血潮と同じ役割を果たしたのです。end

2024年7月28日
牧師 森 言一郎
『 〈息・生き〉とした人生を送ろう 』
【 聖 書 】
息をしない体が死んだものであるのと同じように、行いの伴わない信仰もまた死んだものです。
(ヤコブの手紙 2章26節・フランシスコ会訳)
ヤコブは、全てのクリスチャンに対して、否、世の全ての人々に向けての手紙を記した人です。
「私の愛する兄弟たち」という呼びかけを多くしているのですが、2章20節では愛を込めて語調を変えます。
「ああ、愚か者よ、行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい」と言うのです。
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読みやすい英語の聖書では「愚か者」が
「O foolish man」(New King James Version・略称「NKJV」)
「You foolishman」(New International Version・略称「NIV」)となっています。
聖書原文のギリシア語も「見せかけだけの」「中身のない」という意味をもつ語が使われます。
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そんな厳しいことを語ったヤコブが、ひと段落を終えて区切ろうとするときに重要なメッセージを記します。
26節で、私たちが読む聖書新共同訳では「魂のない」とされている「魂」が、カトリックのフランシスコ会訳では「息」となっています。原語は「聖霊」を意味する「プネウマ」です。
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私は立ち止まって考えました。
私たちの教会生活で思い切り息を吸って、息を吐いてと繰り返しているのはいつだろうと。聖霊が働き、私たちを「息・生き」させてくれるのはいつなのだろうと。
答えは「賛美する時」でした。大きな声で心を込めて賛美する時、私たちは「息・生き」し始めます。
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とは言え、人生いつでも、行いの伴う生き生きとした信仰生活を送れるかと言えばそうではないのが現実です。
福音書記者ヨハネは「聖霊」を別の言葉「パラクレートス」と表現し「弁護者」「慰め主」(16:7)と記しています。
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大丈夫、私たちは弱くても聖霊によって生きていけます。
元々神さまは、息を吹き入れて人を創られたお方ですから。end

2024年6月16日
牧師 森 言一郎
『 あなたはそれで〈十分〉である 』
【 聖 書 】
あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。
(申命記 34章4節)
モーセは40年前の80才の時、神さまから不思議な召しを受けます。
それは「モーセよ、あなたが、エジプトにいる同胞イスラエルの民をファラオの元での阿鼻叫喚の苦しみから導き出し、乳と蜜の流れる約束の地カナンに向かえ」というものでした。
モーセは「私は何者でしょう」と躊躇しましたが、「私はある」という約束のお言葉の元、立ち上がったのです。あれから40年が過ぎます。
**************
「イスラエルには、再びモーセのような預言者は現れなかった」(申命記34:10)と記されるほどの働きをした人がモーセでした。
しかし、彼は、はっきりと、「私はあなたが約束の地を自分の目で見るようにした。しかし、あなたはそこに渡って行くことはできない」(申命記34:3)とピスガの山頂で断言されるのです。
実はこの神さまのお言葉。モーセは初めて聞いたわけではありません。
民数記20章にある「メリバの水の出来事」の中で、主のお言葉に対して絶対の信頼をもてなかったモーセに対して、「あなたがたを私が与える土地に導きいれることはできない」と伝えられていた。
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モーセは「どうか私にも渡って行かせてください」(申命記3:25)と懇願しますが聞かれなかった。
しかし、神さまはモーセに彼の人生を肯定する言葉を語られました。申命記3章26節、「主は私に言われた、『君はもはや充分なはずだ。』」(関根正雄訳)。
使徒パウロも神さまから、「私の恵みはあなたに対して十分である」とのお声を聞いた人でした。(2コリント12:9)。
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不足や不満を抱きがちな私たちですが、「あなたは十分である」のお言葉に心と眼が開かれる時、人生は変わります。end

2024年6月2日
牧師 森 言一郎
『 ニコデモ 彼 は ゆっくりと 前進した 』
【 聖 書 】
イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
(ヨハネによる福音書 3章3節)
ニコデモ。
彼はユダヤの社会で知らない人が居ない程に知られた最高法院の議員であり、人生経験豊かな知恵のある老人でした。
イエスさまのなさった「しるし」についての噂話が伝わって来たとき、心の奥深くに抱え続けてきた何かが激しくうずき始めます。夜、人目を避けてイエスさまを訪ねますが、何を聴けばよいのか分からなかった。
**************
イエスさまは私たちの人生の根本問題を見抜かれるお方です。
ヨハネ福音書では、唯一この場面だけで使われる「神の国」についてイエスさまはニコデモに語り始めます。ニコデモには、「神の国を生きる新しい生き方」が必要でした。
知恵とか知識、そして、律法に基づく信仰の経験値がまったく通用しないのが、イエスさまが語られた「神の国」への導きだったのです。「神の国」を見ることができるようになるには一つの奥義(おうぎ)があります。
それはイエスの言葉を完全に受け入れて信じ、新しい人として生まれ変わって従うことでした。しかし、この夜のニコデモには未だできなかった。
**************
ニコデモは、ただ一度だけ聖書に登場する人物ではありません。
私たちはその後の彼の姿から、推測も含めて、多くを考えさせられるのです。ユダヤ人指導者の同労者から「お前もガリラヤ出身なのか」(7:52)と言われ、最高法院が召集され「イエス殺しの企み」(11:47以下)が動き出したときも居合わせたに違いない。
彼は苦悩したことでしょう。
そして遂に、ニコデモは踏み出します。十字架の上で死を遂げられたイエスを引き受けた。
これはニコデモの信仰告白だったのです。end

2024年5月19日
牧師 森 言一郎
『 エゼキエルの預言と枯れた骨 』
【 聖 書 】
「これらの骨は、イスラエル国民全体を表わしている。彼らは、『我々は干(ひ)からびた骨の山になってしまった。もうお先真っ暗だ』と嘆いている。
(エゼキエル書 37章11節・リビングバイブル)
「エゼキエル」。
それは預言者の名前です。彼は、イスラエルが経験した都エルサレムの滅亡とバビロン捕囚という困難な時代に立てられた人でした。
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預言者はどのような時でも、神さまから預かった言葉をそのまま民に語り伝えねばなりません。
強情で、恥知らずな背信の罪を繰り返した結果行きついたのが、紀元前597年に始まったバビロン捕囚でした。
国の指導者、働き手は例外なくバビロンに連行されます。預言者エゼキエル。彼はそんなバビロンで絶望の中にある民に語り続けます。
**************
エゼキエルは「審判の預言」だけでなく「希望の預言」もします。
エゼキエル書37章では、当時、捕囚民として生きていた人々が「干からびた骨」と表現されています。
エゼキエルは骨に向かって、「枯れた骨よ、主の言葉を聞け」と語るよう命じられました。エゼキエルに力があったわけではありません。神の言葉こそが命なのです。
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やがて、谷底の骨が、カタカタと音を立ててくっつき始めます。
骨が組み上げられ、筋と肉が付き、人の形になる。けれどもその時点では、命のない人間の形をしたものが横たわっているだけでした。
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「霊よ、四方から吹き来(きた)れ。霊よ吹きつけよ」。エゼキエルは預言します。すると上からの「風」が吹き降りた。それは「神の息」でした。枯れ果てた骨が捕囚の墓から起き上がり始めます。
彼らは大きな集団となり、罪の縄目から解放され、祖国に帰る日を迎える。
古来キリストの教会はこの出来事をペンテコステに読んできました。「霊よ吹き来たれ」。「アーメン」して参りましょう。end

2024年5月12日
牧師 森 言一郎
『〈 ユダ 〉彼は私たちの仲間です』
【 聖 書 】
ユダは私たちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。
(使徒言行録 1章17節)
イエスさまが天に昇られたのは甦られてから40日目のことでした。教会は「キリスト昇天日」としてその日を大切に覚えます。
神の右の座に居られるイエスさまは、ただ「鎮座ましますお方」ではない。讃美歌21-338②③節の歌詞にありますが、み神の元で「仲保者(ちゅうほしゃ)」として今も変わることなく、私たちのために執り成して下さっています。
**************
使徒言行録1章の後半には、キリストの昇天後、11人の弟子たちがエルサレムのとある家の二階の部屋に120人ほどの人々と共に集まり、心を合わせて祈る様子が描かれます。
そして、約束の聖霊を待つ中、ペトロが立ち上がって語り始めるのです。
**************
聖書の小見出しには、「マティアの選出」とあります。一見すると、イスカリオテのユダ亡き後(あと)、十二使徒の欠員補充だけが行われたかのように見えますが、果たしてこのことが最も大切な事柄なのでしょうか。
答えは否です。
ペトロは、「ユダのような裏切りを自分たちは二度と繰り返してはならない」と声高(こわだか)に語っているのではないのです。
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ペトロはリーダーとして、「ユダは我々の仲間であり、同じ任務を割り当てられていた(【New International Version訳・新国際版】〈 he was one of our number and shared in this ministry.〉)」と語ります。
ペトロは明確な意図をもって、「ユダは我々の掛け替えのない仲間。恵みを分かち合って生きて来た男」と説教したのです。
自分達はユダとさして変わらぬどころか、より罪深く、ユダを孤立させ、友を見捨ててしまったことに気付いた。
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ユダに代わる使徒を選び、神の国の福音を宣べ伝える前に彼らは悔い改めます。
聖霊はここに降(くだ)るのです。end

2024年5月5日
牧師 森 言一郎
『イエスさまに従う生き方』
【 聖 書 】
このように話してから、(イエスは)ペトロに、「私に従いなさい」と言われた。
(ヨハネによる福音書 21章19節)
お好きな方が多い讃美歌459番・「飼い主わが主よ」はこんな歌詞で始まります。「飼い主わが主よ、まよう我らを 若草の野べに ともないたまえ」。
この賛美歌の背景には詩篇23篇1節の「主は羊飼い」があります。そしてイエスさまはヨハネ福音書10章で「私は良い羊飼い」と繰り返されます。
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また、マルコ福音書6章34節の「イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れみ」というみ言葉も思い起こします。
「私たちは羊」であり「イエスさまは羊飼いで牧者」であることを知っているのです。
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ティベリアス湖畔で復活のイエスさまと一対一で向き合ったシモン・ペトロは3度同じ言葉を聞きます。
「お前は私を愛するか」という問い掛けと同時に、「私の羊を飼いなさい・世話をしなさい」というご命令を聞くのです。
このお言葉は、私たちがクリスチャンとして生きて行く上で重要です。
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ある時イエスさまは、律法の専門家から、「最も大切な掟は何ですか」と問われます。するとイエスは聖書を引用しながら、第一に(申命記6章5節)「あなたの神、主を愛せよ」と答えられたのです。
さらに第二は、「あなたの隣人を愛せよ」(レビ記19章18節)だと教えられました。
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この場面の最後で、ペトロはイエスさまから、「私に従い」なさいとキッパリと命じられます。
イエスさまの結論は実にこれに尽きるのです。
そもそもこれはペトロらに対する「召しの言葉」(マルコ福音書1章17節)でした。
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イエスさまは愛しているけれど、「罪人=隣人」のお世話をすることは遠慮します、というのは成り立ちません。
主を愛することと隣人を愛することは裏表(うらおもて)のものだからです。
大丈夫ですか?end

2024年4月28日
牧師 森 言一郎
『 〈お魚〉も大切に頂きましょう 』
【 聖 書 】
イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。
(ヨハネによる福音書 21章13節)
「ティベリアス湖畔=ガリラヤ湖」に戻って来た7人の姿が見えます。
そこは、彼らの人生において、二度と起こらない激動の日々を見つめ直すためにどうしても必要な場所でした。
シモン・ペトロが「ワシは漁に出る」と言葉にしたとき、居合わせた6人も続かない理由はありません。私が想像するに、彼らはこの頃、口に入れるものが無くなりかかっていたのではないか、と思うのです。
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復活のイエスとの出会いはいつも思いも依らぬ形で起こります。それは我々の人生に於いても同様です。
うまく行かない前夜からの漁にそろそろ見切りをつけようとしていた時、岸辺から声が聞こえます。
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それは「漁はどうだぁ」というものでした。
「おめぇは、目がついてんのかぇ」と言いたいところでしたが、ぐっとこらえて「ねぇよ」と吐き出します。
声の主(ぬし)はさらに、「右だ、右」と命じるではありませんか。
徒労のまま終えるのを避けたい彼らは、「けっ、なら最後に」と右舷(うげん)に網を投げます。
すると驚くべき大漁となったのです。
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陸(おか)での炭火を囲んでのパンと魚の朝食は極めて象徴的な場面です。
「魚」は初期キリスト教徒たちにとってキリストを示すシンボルの意味を越えて、キリストご自身を現すものだったからです。
ヨハネ福音書6章の五千人の給食の場面で、イエスは「パンだけでなく魚も同じように」祝福して分け与え、人々は満腹しました。
7人はこの朝の主との再会の場面でも「パンと魚」による食卓で養われたのです。
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ここには、お言葉を信じて、従い行く者たちへのゆるしと励ましがあります。end

2024年4月21日
牧師 森 言一郎
『 八日の後(のち)にもイエスは 』
【 聖 書 】
さて八日の後(のち)、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
(ヨハネによる福音書 20章26節)
甦(よみがえ)りの主イエスと10人の弟子たちとの再会が起こったのは、「週の初めの日の夕方」であったと聖書は告げます。
それはユダヤ教の「安息日の翌日」という意味ですから、今の「日曜日」ということです。
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「ユダヤ人を恐れて」、エルサレムのとある家に身を隠していた彼らの前に現れたイエスさまは、深い傷のある手とわき腹をお見せになりました。
心の準備がなかった弟子たちが、「傷のある主を見て喜んだ」という描写はリアルです。
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「週の初めの日」、トマスだけは仲間たちと一緒に居りませんでした。かつて仲間たちに、「私たちも行って一緒に死のうではないか」(ヨハネ11:16)とまで語っていたトマスにとって、主イエスを「見捨てて逃げてしまった」ことは受け入れがたい事実なのです。
トマスが仲間たちの処(ところ)に遅れてやってきた時、「私たちは主を見た」と言われても、これもまた彼にとって受け入れられないことでした。
だから、「釘跡に指を入れて確かめない限り信じない」とトマスは言い張ります。
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ところが、「八日の後(のち)」、トマスを含む11人の前に再びイエスさまはお姿を顕されたのです。
ここには深い意味があります。
私たちの信仰生活に於ける「日曜日」そして「主の日の礼拝」とは、実は、この深い傷のあるイエスさまとの再会の繰り返しの場だからです。
そこでイエスさまは私たちに何度でも出会い直し、息を吹き入れて下さいます。
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聖書には描かれていませんが、トマスもまた、「息を吹きかけられた」と私は信じています。end

2024年4月14日
牧師 森 言一郎
『 ベタニア村にも福音が届いた 』
【 聖 書 】
そして、墓から帰って、11人(の使徒)とほかの人皆に一部始終を知らせた。 (ルカによる福音書 24章9節)
マグダラのマリアを中心とする女性の弟子たちは、墓で出会った二人の若者(=天使)からの、「あの方は、ここにはおられない」の言葉を直ぐに受けとめることができたわけではありません。
マルコ福音書16章によれば、「墓を出て逃げ去り、震え上がり、正気を失っていた 」のであり、「恐ろしかった」のです。思考停止の硬直状態でした。
でも、彼女たちは初めの一歩を踏み出したのです。
**************
当時の社会でも、「七つの悪霊を追い出して頂いた」(ルカ福音書 8:2)というマグダラのマリアのような女性の弟子たちの存在は軽く扱われ、その言葉も信頼されていませんでした。
事実、空っぽの墓の証言を聴いた11人の使徒たちは、その言葉を、「たわごとと思い、信じなかった」のです。
**************
私たちはここで、一つの思い込みから解放される必要があります。
復活の出来事が伝えられたのは「11人」だけではない!聖書には、「ほかの人皆に」とあるのです。ゴルゴタの丘への道では、「女性たちが大きな群れを成してイエスに従っていた」(ルカ福音書 23:27)とあります。
つまり、福音書には名前が出てこない無名の女性たちも、散り散りになって、一斉(いっせい)に、都エルサレムの周辺に居た11人以外の仲間や友人たちにも、「主の復活」を告げたのです。
**************
ヨハネ福音書11章に登場するエルサレムの東3.2㎞に位置するベタニア村に暮らすマルタ・マリア・ラザロの3人のきょうだいたちにも、主の甦りの福音が届きました。
3人は、イエスさまによる、「私は復活であり命である」のお言葉(ヨハネ福音書 11:25)の成就を知ったのです。end

2024年4月7日
牧師 森 言一郎
『 愛ある〈おとがめ〉 』
【 聖 書 】
その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
(マルコによる福音書 16章14節)
マルコ福音書の最後は不思議な〔〕(かっこ)で括(くく)られています。直前までのマルコの筆のタッチと較べて大きな違いがあります。それは注意深く読むと私たちでも感じる程です。
私自身はここを初期キリスト教会のクリスチャンの貴重な証しと考えます。
**************
ここで強調される形で3度繰り返される言葉があります。11人の弟子たちがイエスさまの復活を「信じなかった人である」ということです。
食事をしていた11人の弟子たちにイエスさまが姿を顕(あらわ)して「おとがめ」になったのは、彼らが「不信仰」で「かたくな」だったからだというのです。
**************
「おとがめ」という日本語は、我々も時に耳にする言葉ですが、日本語の聖書の訳としてはオブラートに包んだ遠慮気味なものです。
実際は、「非難する」「なじる」「問いただす」という語です。イエスさまは彼らに対して真っ正面から雷を落としておられるのです。
パウロがエフェソの教会に向けての手紙の4章13節で「愛に根差して真理を語り」と記したことを思い起こします。
そしてまた、シモン・ペトロに対して「サタン、引き下がれ」と言われたイエスさまのお姿を思うのです。実に、厳しさを伴う愛は、私たちの希望です。
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愛する者を叱り飛ばされる主イエスは、やがて彼らに聖霊の力をお与えになり、福音を宣べ伝える使命をお与えになるのです。
ここに、ゆるされた者である私たちへの愛がはっきりと見えます。end

2024年3月24日
牧師 森 言一郎
『 囲いの外へ ゴルゴタのイエス 』
【 聖 書 】
兵士たちはイエスの十字架を無理に担(かつ)がせた。そして、イエスをゴルゴタという所 ―― その意味は「されこうべの場所」―― に連れて行った。
(マルコによる福音書 15章21節後半~22節)
私は「飼い主わが主よ」という賛美歌が好きです。
詩編23篇1節の「主は羊飼い」というみ言葉や、ヨハネ福音書10章7節以下「私は良い羊飼い」を思い起こします。ヨハネによる福音書では、「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」と続くのです。
もちろん「羊飼い」とはイエスさまのこと。このことを前提にマルコ福音書15章を味わいます。
**************
ピラトの元で十字架での処刑が決まったイエスさまは、鞭に打たれた後に、「されこうべ=頭蓋骨」を意味するゴルゴタへ十字架を負わされて向かいます。
ゴルゴタはエルサレムの中心ではなく城門の外の丘にあります。
そこは、さらし者にされる罪人の行きつく処(ところ)ですが、イエスさまがゴルゴタの丘の上で命を捨てられるのは「良い羊飼いだ」からです。主は罪人であることから逃げ出さない。罪人たちと共に終わりの時まで共に居られます。
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ゴルゴタへ向かう途中の坂道。イエスさまはキレネ人シモンの力を借りなければ一歩も進めない程に弱り果てました。
十字架は重いのです、その重さは、十字架の大きさゆえではありません。エルサレムに入城された子ろばに乗ったイエスを、自分たちの目的達成のために歓呼と共に枝を振って歓迎した人々が手にしたひと枝一枝、人々の罪の重さがイエスを苦しめた。
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十字架に留まり続けたイエスさまは、罪人と共に死に、罪人たちと共に甦(よみがえ)られます。神の愛はここに極まりました。
神を信じる者は決して独りぼっちではありません。end

2024年3月17日
牧師 森 言一郎
『 徹底して〈ぼんくら〉であること 』
【 聖 書 】
しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。
(マルコによる福音書 15章5節)
バッハのヨハネ受難曲を家で聴くことがあります。その際、私は、「何かここの辺り、気持ちがいい。燃えてくるなぁ」と感じたのが、ユダヤ人たちの合唱・「イエスを殺せ」の歌声の場面だと気付いたことがあります。わが心の闇を見ました。
**************
ローマ皇帝から派遣されたユダヤ・イドマヤ・サマリア地方の総督ポンテオ・ピラト。日頃彼はローマ皇帝からの呼び出しにも即応できるようにカイサリアに身を置いていましたが、ユダヤの祭の時期にはエルサレムの総督官邸に兵士と共にやって来ました。そして人気取りのために罪人を恩赦し釈放するのです。
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千代崎秀雄牧師は『型破り聖書日課 聖書の人物365人』(一粒社)の中で、ピラトについて、冒頭の一行目で、「ピラトは、ぼんくらではなかった」と言い切っています。
彼は物事の見通しが効かないような馬鹿者ではないのです。むしろ、彼は思慮深くおもんぱかることが出来る人だった。イエスについては、罪を見いだせないことに気付きましたし、ユダヤ人の中でも指導者の立場にあった者たちの腹黒さも知っていました。
**************
この日結局彼が釈放するのはバラバでした。バラバはローマ支配による圧制からの解放を目論んだはずの中心人物ですから、本心ではバラバの釈放などしたくなかったのです。
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私たちに必要なのは、小賢(こざか)しさなどではありません。
むしろ、ピラトとは逆にぼんくらである事すら求められているのかも知れません。イエスはぼんくらを極め、十字架につけられました。end

2024年3月10日
牧師 森 言一郎
『 遠く離れて従ったペトロ 』
【 聖 書 】
ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで入って、下役たちと一緒に座って、火にあたっていた。
(マルコによる福音書 14章54節)
ユダに引き連れられた人々に捉えられたイエスは最高法院に連行されます。
マルコは、「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げ出してしまった」と報告をする一方、ペトロがイエスの後を追ったと告げます。しかし彼は今、イエスさまから「遠く離れて」いるのです。
イエスさまのお側(そば)で、手となり足となることこそが、人生の喜びだったはずのペトロは、大祭司の中庭で出くわした人たちの側(そば)で、薄明かりの役目も果たす焚(た)き火にあたるのです。
**************
創世記3章で「食べてはならない」と神さまに命じられていた実(み)を口にしたアダムとエバが、「神の足音を聞いて恐れ、神の顔を避け、木の間に隠れていた」のと何も変わりません。
そしてまた、ルカによる福音書15章11節以下にある、「遠い国に旅立ち」放蕩(ほうとう)の限りを尽くしたあの弟息子と父の姿を思うのです。
居場所を失った彼が最後に故郷へと向かった時、「まだ、遠く離れていた」のに父親は息子を見つけ、走り寄り、抱擁(ほうよう)します。
**************
数時間後、ペトロは大祭司の中庭で、「今夜、二度鶏が鳴く前に、三度私のことを知らないと言うだろう」と言われた主のお言葉が、預言通りになってしまう、人生の大敗北を喫することになります。
マルコが告げるその時のペトロの様子を、ある英語の聖書は、「he broke down(*break down の過去形) and cried(*「cry=泣く」の過去形)」と表現します。
「break down」には「崩壊する、機能停止、駄目になる」という意味があります。
しかし神さまは、ポンコツに成り果てたペトロを用いて、やがて教会をお建てになるのです。end

2024年2月18日
牧師 森 言一郎
『 マルコ福音書 の はじめに 』
【 聖 書 】
わたしについて来なさい。
(マルコによる福音書 1章17節)
福音書を最初に生みだしたのはマルコでした。それより前にパウロの手紙は存在しましたが福音書はなかったのです。
マルコ福音書の顕著(けんちょ)な特徴として「クリスマスの出来事がない」ことがあげられます。マルコ福音書が全16章とコンパクトな理由もそこにあります。
マルコはイエスさまの誕生の物語の中に、救いの福音の本質を示すものはないと考えた、と申し上げてもよいと思います。
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マルコが伝えようとした福音の根幹にあるのは、きょうのみ言葉の「悔い改めて福音を信じる」ということです。
「悔い改め」の前には「誰でも」が補われるべきでありますし、「信じて」のあとには「従う」ことが求められます。
イエスさまの宣教の第一声の後にあるのは、ガリラヤ湖畔に生きていた無学な四人の漁師たちへの招きでした。
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2月4日、上島 一高(かみじま かずたか)先生がお出でになった時の説教題は、『何もかも手放し 何もかも携(たずさ)えてゆこう』でした。
私はその説教題に心打たれ、いつか同じ題で説教できるようになりたいと思うようになりました。
漁師として生きていた彼らは、生業(なりわい)を支えてきた網を手放したのです。
そんなことをして、生きてゆけるのでしょうか。実に、「悔い改めて福音を信じる」とは、「何もかも手放し、何もかも携(たずさ)えて生きてゆく」ことなのです。
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イエスさまに従い歩みだすとき、いつしか私たちは新しくされます。そこに必ず変化が生じるのです。
山あり谷あり、裏切り、逃げ出す私たちです。十字架と復活も起こります。
でも、「イエス・キリストの福音の初め」は、ここが先ずはスタートなのです。end

2023年12月31日・歳晩礼拝 牧師 森 言一郎
『 捧げるクリスマスの喜び 』
【 聖 書 】
学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 (マタイによる福音書 2章10節~11節)
救い主の到来は先ず、星の観測を熱心に行っていた「東方の博士たち」に届きました。「東」とは異邦の地を意味しています。聖書の舞台であるユダヤ地方ではなく異邦人にその知らせが届いたのです。それは神さまの必然でした。
博士たちは聖書の原文では「マゴス」で、「占い師」「魔術師」を指す語が使われます。旧約の律法に照らし合わせると、彼らは忌み嫌われる「罪人」なのです。でも、救いは彼らを通じて明らかにされます。
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この異邦人に告知される救い主の誕生の事実は、マタイ福音書1章で、み使いが夢の中に現れてヨセフに知らせた言葉に連動しています。「この子は自分の民を罪から救う」の「自分の民」とは異邦人が含まれるのです。
復活のイエスがマタイ福音書の最後で弟子たちに告げた宣教命令に、「あなたがたは行って、全ての民を私の弟子にしなさい」とあります。「全て」には例外はないのです。
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博士たちが幼子イエスにひざまずいた時、「宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」とありました。クリスマスの意義を考える時、彼らの姿勢に倣うべきことがあることに気付くのです。
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アメリカの作家O・ヘンリーの珠玉の短編『賢者の贈り物』の最後に博士たちを「賢者」と紹介しますが、その前に、年若い貧しき夫婦が自分に与えられた最も大切なものを互いのために手放す物語があります。
そこには彼らの献身があるのです。
今年のクリスマス、あなたは救い主イエスのために何を手放し、捧げましたか? end

2023年12月3日 牧師 森 言一郎
『 ナザレのマリアへの福音によって 』
【 聖 書 】
六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。(ルカによる福音書 1章26節~27節)
私はポーランド出身のヤン・ピエンコフスキーが影絵で画いた絵本『クリスマス』に登場するマリアが好きです。鶏が歩き回る庭で、エプロンをし、洗濯物を干しているマリアはごく普通の娘です。その姿は生き生きしています。受胎告知の舞台はガリラヤの寒村・ナザレでした。旧約にその名が一度も出て来ない。それが「ナザレ」なのです。
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神さまは世に少しも名も知れぬ娘を選ばれた。
そこには、神さまの重大な決心が垣間見えます。大胆に申し上げるならば、神さまの「悔い改め=方向転換」と言えるかも知れません。
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「ナザレのマリア」は、ルカ福音書の冒頭に登場するエルサレム神殿に仕える祭司ザカリアとエリサベトという老夫婦と対照的です。
彼らは、「律法に忠実な非のうちどころがない義人」として紹介されますが、マリアにはそのような情報は一切ありません。
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ザカリアとエリサベトには「洗礼者ヨハネ」と呼ばれるようになる息子が与えられます。イエスの先駈け、最後の預言者として荒れ野の声となります。
ヨハネだけでなく、彼らも、旧約と新約の橋渡し役を務めるのです。そして、二人の存在は「主のはしためマリア」を支えて行くのに不可欠でした。
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マリアに臨んだのは、「襲いかかるように突然降って来た聖霊の力」でした。マリアは聖霊に包まれ、生涯変えられ続けて行った人なのです。
クリスマスは、生まれ変わる人を求めます。end

2023年9月24日 牧師 森 言一郎
『 シェマーを読み キリストに従う 』
【 聖 書 】
聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。 (申命記 6章4節~5節)
モーセは約束の地カナンを目前にしながら、ヨルダンを渡ることをゆるされませんでした。この時、モーセは神さまから託された言葉を語り始めたのです。それが一つにまとめられたのが、『申命記』です。
中でも、最重要な教えとして、今日(こんにち)でもユダヤ人が折に触れて祈り続けているのが、「聞け(*シェマー)、イスラエル」から始まるみ言葉です。
この、「聞け(*シェマー)、イスラエル」を、イエスさまご自身が本当に大切にされたことが福音書に記されているのです。
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イエスさまはそのご生涯の最終盤で律法学者から、「先生、律法の中でどの掟が一番重要ですか」と尋ねられます。
その際、第一に引用されたのが申命記6章4節で、まず「唯一の主を愛せよ」と仰いました。そして、第二のこととして、レビ記19章18節から「隣人を自分のように愛せよ」と続けられたのです。
「唯一の主を愛す」と「隣人を愛す」。この二つの愛は別物ではありません。私たちは、イエスさまが指し示される二つの愛の方向を共に求め、共に悩みながら生きている者です。
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パウロは、イエスさまご自身が、神の教えに最後まで聴き従ったお方であることを、フィリピ書2章の「キリスト賛歌」で歌いました。
「キリストは…死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」と。「従順」とは「聴き従うこと」です。
「イスラエルよ、聞け」でも、「聞く」だけでなく「従う」ことが一緒に求められています。
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いつまで経っても、未熟で不完全な私たちですが、お招きに応え、主の言葉に終わりまで聴き従いましょう。end

2023年7月9日 牧師 森 言一郎
『 暴風・漂流・難破 のち マルタ島 』
【 聖 書 】
私たちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。(使徒言行録 28章1節)
ユダヤからローマへと船で「護送」されるパウロはついに「上陸」を果たします。正確に言うならば「漂着」したに過ぎません。そこがどこであるのか、パウロにはわかりませんでした。
いいえ、船乗りも兵士も囚人も、誰にもわからなかったのです。立った場所は「マルタ島」でした。
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彼らはずっと、暴風と漂流の中におりました。「太陽も星も見えず、助かる望みは全く消えた」と聖書にあります。
すべてを海に「投げ捨て」なければならず、「積み荷」も「海錨(かいびょう)」も「船具(ふなぐ)」も諦めたのです。最後は難破した「船」も捨てました。
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暴風・漂流・難破・漂着と続いた使徒言行録27章の海路(かいろ)は、私たちの人生そのものです。そんな中でのパウロの言葉は不思議な程に落ち着きがあり、確信に満ちたものでした。
彼には生きていく上での目標がありました。だから強かった。パウロは天使が伝えた、「あなたがたは必ずどこかの島に打ち上げられる」との言葉を信じました。神さまに一切を委ねて生きる。私たちが倣うべき姿があります。救いの道はここから拓けるのです。
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マルタの人は「バルバロイ」と呼ばれる異邦人でしたが実に親切でした。パウロはイエスさまが遣わされた72人の弟子たちに与えられていた以上の力を発揮し、蝮(まむし)に噛まれても死なず、3ヶ月の間、人々を癒し続けます。福音も語った。
彼は単なる奇跡能力者ではありません。聖書はパウロの背後に隠された神のみ心を伝えるのです。
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我々も人生途上の暴風や漂流を経て教会に漂着しました。上陸した私たちに託されるご計画を神さまはお持ちです。
救われた私たちの旅は続きます。end

2023年6月18日 牧師 森 言一郎
『 荒れ野の四十年の始まり 』
【 聖 書 】
そこで、向きを変え、明日、葦の海の道を通って、荒れ野に向けて出発しなさい。(民数記 14章25節)
西暦250年頃に至るまでの初期キリスト教徒の教会生活の断片を紹介する『カタコンベの教会』(聖文舎・1968年)という本があります。洗礼を受けた人が初めて聖餐にあずかる時に準備されたものは、「ミルクと蜂蜜」だったというのです。
「パンとぶどう酒」ではないのが不思議ですが、理由は明確です。受洗者が、「乳と蜜の流れる約束の地」に入ったことを象徴する意味があるからです。
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エジプトでの奴隷状態からの解放のみ業を神さまが始められる決断を下された時の様子が、出エジプト記3章7節に記されています。民の苦しみをご覧になった主は、「乳と蜜の流れる土地へと導き上る旅」に責任をもって立ち上がられるのです。
イスラエルの民は不平不満ばかりを口にします。12部族を代表する者たちが斥候(せっこう)として約束の地カナンに潜入した時の様子が報告されます。
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「悪い情報」にふれた人々は怖じ気づき、「死んだ方がましだ」とまで言いだします。「巨人」が待ち構える約束の地に、「いなご」のような小さな民が進むことなどできるはずがない、と泣き叫ぶのです。
民に対して怒りを露わにされる神。必死になって執り成すモーセの声が聞こえます。神さまは厳しいお仕置きを決断されました。向きを変えさせて始まるのは、「荒れ野の四十年」でした。
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私たちは、「荒れ野」を旅する年月の中で、一人の信仰者として、信仰共同体として整えられて行くのです。
主なる神は「小さな者」を決して見捨てたりはなさいません。
イエスを信頼する者に、「乳と蜜の流れる神の国」を約束されています。end

2023年6月11日 牧師 森 言一郎
『 〈錨(いかり)〉のイエスに守られて 』
【 聖 書 】
そこで、錨(いかり)を切り離して海に捨て、同時に舵(かじ)の綱(つな)を緩め、吹く風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。(使徒言行録 27章40節)
囚人として海路ローマに向かうことになったパウロ。
船は激しい嵐に巻き込まれ、座礁の危機の連続でした。この時のパウロを支えていたのは、20年余りの宣教の旅の中で身につけた、「弱い時にこそ強い」(第2コリント書11~12章参照)という信仰です。
難破直前に現れたみ使いから、「恐れるな=大丈夫だ」の声を聴き、ローマでキリストを証しする使命も、再度、明確に示されていたのです。
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生命(いのち)の危機にさらされ続ける船は「教会」を暗示しています。276名が乗り込んでいた船から、「積み荷」も「船具」も大切な「穀物」も、海に投げ捨てる事態に陥ったのです。
遂には、航海を守るための最後の砦(とりで)とも言える「錨(いかり)」すらも、全て切り捨てます。
助かる望みが消え失せようとしていた人々は、何を頼みとすればよいのでしょう。
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NHKの「ラジオ深夜便」という放送は毎晩11時から午前5時まで放送されている長寿番組です。どこかで聞いたことのある声が、深夜の孤独や不安を覚えるリスナーに「安心」を届けてくれています。
放送ではアナウンサーのことが「アンカー」と呼ばれます。日本語にするとそれは「錨(いかり)」です。
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私たちも人生という名の航海で嵐を経験し座礁します。一切を失ったと感じることがある。
しかし、「錨」であるキリスト・イエスは、私たちを決して見過ごしにはなさいません。命懸けで私たちの「錨」で在り続けようとし、「港」へと導かれるのです。
パウロのほか275名全員は、嵐・漂流・難破を経て、全員がマルタに立っていました。end
日本キリスト教団 旭東教会
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牧師 森 言一郎(げんいちろう)